広田氏が「カラトラバ」を所有していたのは、もう10年以上前のこと。まだ時計ジャーナリズムの世界に足を踏み入れる前であった。いち時計愛好家としてひとつは持っておきたい、と思って購入したのだという。
「持っていたのは、アンティークですね。ひとつは1950年代の二針モデルで、アイゼンハワー大統領が使ってたのと同じ型の時計だったと思います。もうひとつは40年代の“Ref.96”を持っていました。それらはもう売っちゃいましたが、時計と接することが仕事になった今でも、カラトラバはやっぱり欲しいな、と思いますね」
昨年から時計専門誌『クロノス日本版』編集長を務める広田氏は、それ以前の10年余も時計ジャーナリストとして高い評価を得てきた時計の目利きである。そんな彼に、今もなお“欲しい”と思わせるカラトラバの魅力とは、一体なんであろうか?
「腕時計のデザインを完成させた先駆けのひとつといえるものだと思います。まず、ケースに対してラグをちゃんと付け、ストラップを固定させたうえで違和感のないデザインに仕上げています。また、文字盤においても腕時計が懐中時計よりケースが小さくなることを踏まえて、インデックスや針を立体的にすることで、視認性を高めているのがカラトラバなのです」
そしてカラトラバは、その原型を受け継ぎながら、現代まで高いクオリティを保ち続けているのだという。
「いまのパテック フィリップは、ケースがとくにいいですね。現代のカラトラバは直径が大きくなりましたが、パリッと仕上げてあって、それがすごく魅力的です。文字盤も相当良いものを作っているので、自ずと時計の完成度はあがりますよね」
それは普通に着けて、誰もが「良い!」と思えるクオリティで、時計の知識がないとわからないというレベルを超越したものでもある。
「いわゆるコレクターは何かしら一点飛び抜けてるものを選びます。普通の人が選ぶものは、全体的な平均点が高いものになると思うのです。パテック フィリップの時計は、その平均点が非常に高い。ケース、視認性、装着感など、すべてがいいので満足度もあがるのです。カラトラバはそれがさらに高い時計だと思います。バランスが取れていて、粗がないですよね」
広田雅将◎クロノス日本版編集長。1974年、大阪府生まれ。国内外の時計賞で審査員を務める時計ジャーナリスト。現・時計専門誌クロノス日本版編集長。時計専門誌、一般誌など幅広く執筆活動を行うかたわら、時計メーカーや学会、販売店などで講演も行う。その語り口は切れ味鋭く、流麗。