ブレグジットとトランプ政権誕生、この想定外の事態に投信市場には、ある変化が起きていた。経済のファンダメンタルが低迷するなか、市場の資金が株式に向かっているのだ。モーニングスターの朝倉智也社長に訊く、先行き不透明な時代に重要な“分散投資”に必要なこととは?2016年は、1月の日銀によるマイナス金利政策の発表に始まり、ふたつの政治イベント、すなわち6月のブレグジット(イギリスのEU離脱問題)と11月のトランプの大統領選勝利で、市場は大きく揺さぶられた。想定外の事態に、株と為替、金利、債券は激しく変化し、投資の難しさが浮き彫りになった。投資信託の評価機関であるモーニングスターの代表取締役社長、朝倉智也は、こう振り返る。
「投資家は翻弄され、非常に苦労した1年でした。ブレグジットのときは初日に株が暴落したので、大統領選ではより安全な資産に資金を移すリスクオフで挑んだ方が多かったのですが、予測に反してドル高・円安と株高で推移しました。もっとも、その年の前半は円高・株安が続いて苦しんだので、トランプが勝利して円安・株高に振れたことは、投資家にとっては想定外でもありがたいことでした。実際、その時期までに損をしていた人が、やれやれということで株を売り、10〜12月の投資信託市場は3カ月連続で資金流出でした」
では、市場に出回っている資金はどこに向かっているのか?
FRB(連邦準備制度理事会)が9年半ぶりに政策金利の引き上げを決めたのは15年12月のこと。多くの市場関係者は、それまで新興国に向かっていた資金がアメリカに回帰していくと考えていた。資源も安くなり、ロシアやブラジルは相当厳しくなる。だからアメリカに投資しようという機運だった。
ところが、実際に各国の株式市場の年間パフォーマンスを見ると、16年にいちばん上がった市場はロシアで52%。次いで順にブラジル、タイ、インドネシア、ベトナムだった。ここからわかることは、短期では経済のファンダメンタルと株価には高い相関はない、ということだ。
日本でも消費者物価指数や実質賃金指数は低下傾向にあり、中小企業が潤っているという話は聞かれない。つまり、経済のファンダメンタルは良くない。量的金融緩和が継続して行われており、金利が低下したままだ。世界的に見ても同様で、新興国でも金利を引き下げている国のほうが圧倒的に多い。そうなってくると市場に出回っている資金はどんどん増える。企業も将来に自信がもてないので設備投資に資金を回さず、自社株買いや配当にあてる。結局は株や不動産に向かうのだ。朝倉は言う。
「資金が実体経済に向かわず、株や不動産に集まっている。このギャップはどこかで調整される可能性がある」
投資の目標をもつことが大事昨今の市場動向やイベントリスクを見極めることは、プロでも難しい。そこで重要になってくるのは、資産の分散を図ることとなる。
ポイントは“投資の目標”をもつことだ。
儲けたいから投資をする。それは当たり前の話だが、それだけのおぼろげな理由だと、100万円が200万円になってもなかなか売れない、という。なぜか?
そもそも多くの人は少しでも儲けを増やしたくて投資をする。だから200万円になったら今度は300万円までいくのではと考える。で、実際に300万円になり、例えばそこでドンと150万円まで下がったとする。すると、実際にはその時点でも50万円は儲かっているにもかかわらず、300万円の価格を“見ている”のでまだ戻るかもしれないと考えてしまい、売れなくなるのだ。
そこで、明確な目標をもつことが大事になってくる。例えば結婚の準備資金や子どもの教育費、老後の準備資金でもいい。500万円を3年間で貯めるにはどれくらいの利回りで回せばその目標金額に到達するかを逆算して考える。朝倉はこうアドバイスする。
「アグレッシブに運用しないとそこまで到達しない場合は、いまのポートフォリオの考え方では、株の比率を高めないとそこまでいきません。国内債券やリートで組むと、目標金額まで届かなくなる。一方、シニアの方で退職金が手元に3,000万円ある人、あるいは年金を毎月40万円もらっている人などは、特に大きく儲ける必要はないので、3,000万円をいかに安定して運用していくかが課題になる。そうなると、極論すると株式投資はしなくてもいい。投資信託のなかで債券の比率を90%にし、株はせいぜい10%ぐらい、というのがポートフォリオの考え方なのです」
“トランプノミクス”でインフレ期待は高まるかトランプ大統領就任後にあったアメリカ株高は、本人が訴えている大型減税や規制緩和、インフラ投資などの景気刺激策によるアメリカ経済の成長加速を期待するものだった。インフレ期待が高まり、FRBが予想以上の金融引き締めに舵を切ったことで、当面はアメリカ金利の動きを注視する必要がある。これまで続いてきた債券スーパーブル(超強気)の時代に変化が訪れ、17年は株式への資金シフトが始まるきっかけになろう。
「トランプ政権の経済政策によって、日本市場にも一段の円安・株高の期待が起こり、輸出価格の上昇でインフレ率が高まることが考えられます。一方、欧州ではドイツとフランスが選挙の年を迎え、波乱に満ちている。また資源国や新興国の経済は楽観できる状態にない。いままで以上に個人投資家は慎重な姿勢で分散投資を進めていくことが重要」と朝倉は指摘する。
では、どのような分散投資をしていけばいいのであろうか?朝倉はこう指摘する。
「基本的には、ポートフォリオの考え方は十人十色です。積極型でいく人もいれば、安定型でいく人もいる。積極型は株式の比率が高く、安定型は債券の比率が高い。いずれにしても、一本足打法ではなく、二本三本を組み合わせて分散をしていくことが大事です。そのなかで将来を見据えて“夢を買いたい”というような人は、例えばAIやIoT、フィンテックなどの銘柄に投資をする。いずれもアメリカ中心になります」
確かに、時価総額トップテンの企業はアメリカにある。アップルやマイクロソフト、アマゾン、フェイスブックがそれだ。
ところが10年前を振り返ると、そこにはGEやエクソンモービル、ジョンソン・アンド・ジョンソンといった製造業やエネルギー関連の企業が名を連ねる。産業構造が大きく変わったのだ。そうなると、いま出ているAI関連は、短期的にはまだ売り上げが立っておらず、海のものとも山のものともわからない。しかし5年、10年経ったときに大きく変わってくる可能性がある。そういった“夢を買う”という意味で、そこに投資をすることは極めて明快なことなのだ。朝倉はこう言う。
「投資は難しい時代です。これは個人に限らず、運用のプロといわれる機関投資家もそう。不透明感が非常に高いということに加え、経済のファンダメンタルの状況に比べて株価に割高感があるからです。大切なお金を少しでも毀損しないためにも、さまざまな資産クラスに分散をしておくことが大事です」
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▷モーニングスター
http://www.morningstar.co.jp朝倉智也(あさくら・ともや)◎1966年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、大手銀行や証券会社を経て、95年、米国イリノイ大学で経営学修士号(MBA)取得。帰国後、ソフトバンク株式会社で、資金調達・資金運用全般、子会社の設立および上場準備を担当。98年、モーニングスター株式会社設立に参画、2004年、同社代表取締役社長に就任。