「100回読め」。そう言いながら、この本を勧めてくれたのは、尊敬してやまない先輩だ。彼は、スポーツ界から金融業界に身を転じた後、みるみるうちに頭角を現し、数千億円の運用を任されるファンドマネジャーとして活躍している。年齢もそう変わらない彼の妥協しない姿勢から、一経営者として、一個人として、学ぶべきことはとても多い。
その彼が勧めてくれたのが、本書を含めた哲学書7冊だ。なかでも本書は、あらゆる哲学書の基となった書であり、加えて、この分野の翻訳で草分け的な存在である山川紘矢・亜希子さんが翻訳した書だったことから、僕は迷わず真っ先に手にとった。
余談だが、洋書は翻訳家によって内容が大きく変わってしまうこともあるため、翻訳家山川紘矢・亜希子の名前は、憶えておいて損はないだろう。
さて、本題に戻ろう。本書の構成は、いたってよくあるタイプの自己啓発本だ。前半部分で、自分自身を顧みるのと同時に気づきを与え、後半部分ではその気づきと自分自身を高めながら、目標へ進む際の心の保ち方を教示している。読み進めていくと、徐々に内なるパワーの存在を感じることができるだろう。
しかし、答え自体は自ら導き出さなくてはならず、読み終えた後、心に何やら重いものが残るのも、多くの哲学書と共通している点だ。
答えを見つけるために、彼の言った100回読破には到底届かないが、10回以上は繰り返し読んだ。そして行きついたのは、「正解はひとつではない」ということ。
継続性が必要なビジネスにおいて、選んだ道の先にはさらに複数の分かれ道が続き、その度に選択を迫られる……その繰り返しだ。どれを選べば正解なのか、いつも一番いい答えを探して迷うことは多いが、実は、一歩踏み出し、進んでみると新たな道が開かれ、これまで見たことのない風景を見ることができる。そう、どれかが正しいのではなく、すべてが正解なのだ。
僕は、本が大好物だ。ビジネス書から推理小説までジャンルも問わず、ここ20年間で読んだ本は2万冊に迫る。たくさん本を読めるように速読も学んだが、どんなに感銘を受けた本でも何回も読み返す本は珍しい。
尊敬する彼からのアドバイスに従って、10回以上繰り返し読んだ本書のおかげだろうか。今では、進むべき道がいくつもあることや、自分次第で様々な可能性が生まれてくること。そして、「やらない」という選択肢があることにも気づいた。
ただし、今でも会うたびに「お前は変わらないなぁ」と、彼には言われている。だからこそ、いつでも頭の片隅にこの本があり、行動によい影響をあたえてくれているように思う。
そしてきっと、何かに迷っている人に出会った時は、今度は僕がこの一冊を勧めるのだろう。
title : マスターの教え
author : ジョン・マクドナルド著 山川紘矢・亜希子翻訳
data : 飛鳥新社
いしむら・けんいち◎1962年、東京生まれ。86年、日本大学理工学部建築学科を中退、アスキーに入社、96年に同社インターネットサービスカンパニー副事業部長。98年にセコム入社、99年にEストアーを設立し、現職。同社は、2001年大阪証券取引所ナスダックジャパン市場(現JASDAQ)に上場。