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ビジネス

2017.02.24 17:00

金正男暗殺で動いた、東南アジアに潜伏する工作員たちの日常


例えば、北朝鮮の主要な武器密輸企業の一つである青松連合(国連制裁対象)は、アンゴラの北朝鮮大使館を拠点として、軍関連の非合法取引を行っていた。また、2013年、エジプト向けにスカッドミサイルの部品を密輸していた北朝鮮の貿易会社は、在北京北朝鮮大使館を荷送り人住所として使用していた。

ミャンマー、エジプトの北朝鮮大使は、武器密輸を幇助したため国連制裁対象者に指定されているし、北朝鮮の最大手の武器密輸団体・朝鮮鉱業開発貿易会社(国連制裁対象)は、代表者を中東・アフリカ諸国等の大使館に派遣し、ヒョン容疑者のように二等書記官などの目立たないポストに着任させてきた。これら大使館のメンバーが、現地企業に雇用された他の北朝鮮人工作員とともに非合法活動を展開することも多い。

このように大使館等を通じて北朝鮮が制裁を回避してきた現実を踏まえて、2016年11月に採択された国連安保理決議では、安保理は加盟国に対して、北朝鮮大使館や領事館の現地スタッフの人数を減らすことを要求し、マネロン対策として、北朝鮮外交官や領事館員による銀行口座数の削減を義務付けている。

そもそも、外交官による商業活動等、全ての利益活動がウィーン条約で禁止されている。北朝鮮はこれに堂々と違反してきたわけである。

残念ながら、ヒョン容疑者は外交官の不逮捕特権に守られているため、マレーシア警察が彼を取り調べるのは、北朝鮮大使館の反発を考えれば、現実的には不可能であろう。

マレーシア警察が捜査すべきこと

リ容疑者は、マレーシア企業の「衣」を装いつつ、果たしてどのような非合法取引を展開していたのか。一般的に、リ容疑者のような北朝鮮の海外駐在要員は、現地での情報収集や現地協力者のリクルーティング活動の任務を担い、また、当地に派遣されてくる北朝鮮工作員に対するロジ支援などを行う。リ容疑者はこの役目を負って、他の4名の北朝鮮工作員へ後方支援を行っていた可能性が考えられうる。

もしリ容疑者による今回の金正男暗殺事件への関与が確定すれば、または彼と北朝鮮情報機関との関係がある程度まで立証された場合には、彼が東南アジアや台湾などで協力者ネットワークを構築したり、日本や台湾、東南アジア諸国等を北の非合法貨物の調達または経由地点としていた可能性なども視野に入れて、幅広い観点から彼のこれまでの活動を検証する必要がある。

T社が就労許可証の取得を支援した10名の北朝鮮人についても、徹底した捜査が必要となろう。もしかしたらその中に情報機関工作員が潜んでいる可能性も想定すべきだ。

東南アジアの問題点

今回のように、何か事件が起こるまで、北朝鮮人がどこの企業に潜んでいるのか、わからないケースが多い。東南アジアの各国で、はたして何名の北朝鮮人がどの企業に所属しているのか、現状を把握する必要がある。その上で、適切な形式でそのような情報を国際的に共有する仕組みが不可欠であろう。

また、今回の事件を通じて、殺害された金正男が、これまで偽名の旅券で海外渡航を繰り返していた実態が浮き彫りとなった。本来、旅券の虚偽記載は、深刻な大問題である。しかし、北朝鮮では、虚偽情報の旅券記載が一般化しているようだ。これでは、北朝鮮人容疑者の渡航を関係国が監視することは困難なはずだ。

捜査対象の北朝鮮人については、生年月日や旅券番号だけでなく、できるだけ顔写真、指紋などの生体認証情報も収集して、関係国がインターポールなどを通じて国際的に共有することが必須である。

東南アジア地域では、近年、ASEAN経済共同体として、域内のヒト・モノの移動の自由化が推進されている。しかし、これは、この地域に潜む多数の北朝鮮人にとってもヒト・モノの移動がより容易になってしまうことを意味する。ASEANに対しては、実効性のある出入国管理や輸出入管理体制の構築を目指すよう、働きかけなければならない。そのために必要な技術支援を、私たち日本も提供する必要がある。

東南アジアは、日本人にとって人気の観光旅行先である。他方、北朝鮮にとっても大切な活動拠点なのである。金正男殺害事件は、この現実を私たちに突きつけている。日本がASEANと経済的つながりを強めてゆく上で、これは避けて通れない現実である。

文=古川勝久

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