ビジネス

2017.02.24

金正男暗殺で動いた、東南アジアに潜伏する工作員たちの日常

クアラルンプール市内にある北朝鮮のフロント企業(Courtesy of Google Earth)


マレーシア国内にもこのように北朝鮮人を雇っている中小企業は少なからず存在する。クアラルンプール在住のある北朝鮮人は、現地の中小企業に社員として紛れ込んでいた。そこで、OMM貨物船のマレーシア寄港の手配を現地で行ったり、北朝鮮から石炭輸入等の業務に携わっていたのである。この企業は対北朝鮮貿易を主業務としており、その社長によると、「北朝鮮人のビジネスマンは、自分が知っているだけでも市内に100名はいる」、とのことであった。

なぜ北朝鮮人を雇うのか?それは、北朝鮮との取引においては度々問題が発生するため、「トラブル・シューター」として雇い入れるケースが多いようだ。例えば、北朝鮮の港への貨物船の入港や貨物の通関の際など、北朝鮮ではとにかく手続きが遅れて頻繁にトラブルが発生するという。そのような事態にならないよう、北朝鮮人エージェントが、北朝鮮側と事前調整にあたるのである。いわば、対北朝鮮貿易の「便利屋」である。

しかし、マレーシア国内の貿易業者の間では、北朝鮮との取引についてはあまり口外しないという暗黙の了解があるようだ。

彼らと話をしていても、最初は、「北を訪問したことがある」、とか「北と取引をしたことがある」、という説明だったのが、よくよく話を詰めてゆくと、実は対北朝鮮貿易をメインとする企業だったことが後で判明したことがある。自社が取り扱う商品が、実は北朝鮮からの輸入品であることを、あまり知られたくなかった、との印象である。

意外に思われるかもしれないが、日本の主な貿易相手国である東南アジア諸国には、こんな企業が存在しているのである。

T社と日本との間接的な接点

公開情報によると、T社は、抗がん作用があるとされる漢方薬の販売を主業務としている。この漢方薬は、もともと香港登記企業(CJ社)が世界各地で販売促進している商品である。T社は、CJ社のマレーシア国内の総代理店とされている。

公開情報によると、CJ社は、これまで販売代理店や卸売業者を世界各地に有していたようであり、この中には、マレーシア以外にも、日本、台湾、インドネシア、タイ、シンガポール、フィリピン、ベトナム、オーストラリア、米国、英国、トルコ、ロシア、スペイン、ルーマニア、オーストリア、メキシコ、ペルー、ポーランドといった国々があげられている。日本国内では、CJ社の漢方薬の販売・宣伝のパートナーとして、複数の医療関係団体が同社のウェブに紹介されている。

CJ社の1991年の設立当初の香港登記資料によると、当初の同社の株主とディレクターは2名の台湾人で、彼らは東京都中野区の住所を登記に用いていた。以降、CJ社の株主とディレクターは、複数の他の香港居住者または台湾人が引き継いできた。

つまり、香港のCJ社は、設立当初から、日本国内の団体や個人とビジネス関係を継続してきた模様である。そして、今や同社は、東南アジアや台湾を中心に、複数の国々に販売網を有している。

この構図を、リ容疑者の視点から見てみよう。彼が所属するマレーシアのT社は、日本などの国々とは直接的なビジネス関係を有していないかもしれないが、香港のCJ社を通じて、これらの国々と間接的につながっている。つまるところ、リ容疑者が、北朝鮮による非合法活動や秘匿工作を目的として、CJ社のネットワークを何らかのかたちで利用していた可能性は少なくとも想定されうる。T社の社長の言葉を信じるならば、このような北朝鮮人が10名はいたことになる。

例えば、これはあくまでも全くの仮定の話であるが、CJ社のネットワークを用いれば、リ容疑者や他の北朝鮮人が北朝鮮産品をマレーシア経由で日本へ迂回輸出したり、あるいは日本から製品を輸入して、それを台湾や東南アジア経由で北朝鮮に迂回輸出したとしても、それを途中で阻止することは相対的に難しくなる。

日本側にとってみれば、T社と北朝鮮人との関係が見えない状況では、北朝鮮による非合法活動に知らず知らずのうちに巻き込まれかねないため、リスキーな状況といえよう。
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文=古川勝久

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