健康に関するビッグデータから知る「東洋医学の教科書」の教え

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オーダーメイド医療が盛んだが、ビッグデータを解析していくと、大きな個体差があるわけではない。睡眠から死ぬ時期まで、人間には昔から変わらぬ傾向があるのだ。


最近、オムロンの研究員とビッグデータについて議論する機会があった。ご存じのように、オムロンは血圧計や睡眠計のメーカーで、最近では通信機能を搭載した家庭用血圧計での結果をサーバーに送ることができる。サーバーに集積される10万人単位のデーターからある傾向が見える。

例えば、気温が上がれば血圧は下がることが観察される。これは医者として実感してきたことで、夏に血圧が正常な人でも冬は一般的に血圧が高くなる傾向がある。全国で見ると、寒い県ほど血圧測定の平均値は高くなりやすい。

東洋医学が専門の私にとって、こうした解析は驚くことが多かった。古来、東洋医学の世界で言われていたことと、ほぼ同じだったからだ。

2000年前に書かれた東洋医学の教科書『黄帝内経』は、健康指南書である。

例えば、「冬は気を静めてひそやかな気持ちで過ごし」とあり、精神的な動揺から血圧が上がるのを防止するかのような記載がある。また、睡眠は日の出の時刻とともに起床時間が早くなる。そして、気温が上がるほど睡眠効率が悪くなるという。特に気温が15度以上になると睡眠の質が悪化しやすくなるし、加齢によって朝早く目覚めるのだという。

だから、『黄帝内経』は、「人は本来、夏は早く起き、冬はゆっくりと起きるのが自然に従った生活で体に負荷がかからない」と説く。よって、現代人のように夏でも冬でも9時に仕事が始まるのは、体に悪いことにもなるのだ。

『黄帝内経』には、どういうふうに生きれば病気になりにくいかが書かれている。そして、自然のリズムにそって生きていれば、死は苦しくないという。自然のリズムとは、季節や年齢など時間の経過で変化していく要素に自分を合わせることで、それが健康に生きることになる。

ビッグデータを使うと大きな傾向がわかり、何となく感覚で言われていたことが数字化される。では、なぜ2000年前の人がビッグデータの分析と同じことを知っていたのか。今回、私が感じたのは、個人に合わせた先進のオーダーメイド医療がもてはやされているが、人間の基本は地球という星に紐付きで生きるしかないということだ。

秋になり、樹の葉っぱが一斉に色づき、また、一斉に枝から離れていく、個性的な葉なんてない。寺の過去帳を見ると冬になれば一気に死者が増える。室温が管理された現代でさえ、肺炎で冬にたくさんの方が亡くなっていく。不自然な負荷、つまりストレスを受けるのはもちろんよくないが、自然に逆行した治療や精神的にポジティブと思われている若返り治療は長い目で見ればうまくいかないということだ。

高価なオーダーメイドのアンチエイジング治療を受けるよりも、大自然に従って自然に老いることが幸せなのかもしれない。しょせん、人は樹の葉と同じなのだから。


さくらい・りゅうせい◎1965年、奈良市生まれ。国立佐賀医科大学を卒業。聖マリアンナ医科大学の内科講師のほか、世界各地で診療。近著に『病気にならない生き方・考え方』(PHP文庫)。

編集 = 桜井竜生

この記事は 「Forbes JAPAN No.31 2017年2月号(2016/12/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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