グループ事業には鉄道をはじめ、不動産・都市開発、ホテル・百貨店とたいがいの事業は揃っている。一方で、圧倒的に欠けていたのは「クリエイティビティ(創造性)」だという。
「社内の人材だけで新しいサービスを立ち上げようとしても、データサイエンティストがいない、AI・プログラミングのわかる人材がいない、魅力的なユーザー・インターフェイスを作り出せるデザイナーがいない、などの課題がありました。であれば、それを持っているベンチャー企業の方々と組めばいい。幸いにして、我々は既存事業を通じて多くの顧客接点やリソースを持っていますから、ベンチャー企業にはそれを使って、全国展開あるいは世界展開への足がかりにしてもらえたら、と思いました」
15年度に開催した第1期ビジネスプランの応募は117社、16年度の第2期にも95社がエントリーした。最終選考に残ったのは第1期が8社、第2期が6社。15年度の最優秀「東急賞」には人工知能(AI)を活用したデータ解析を行うABEJAが、16年度は観光サービスを手掛けるHuber(ハバー)が受賞した。
ABEJAは現在、東京・渋谷のスクランブル交差点の前で、同社の強みであるカメラに映った人の性別や年齢、滞在時間の分析技術を生かした実証実験を行っている。
それに加え、わずか2回のTAP開催にもかかわらず、すでに参加ベンチャー企業と業務提携に至ったケースも3件出ている。
16年3月には、第1期に最終選考に残った、リノベーションを行うベンチャー企業・リノべると資本業務提携した。一棟リノベーションマンション事業にて提携し、17年度にも東急沿線で東急が取得した中古マンションをリノべるがリノベーションし、販売するプロジェクトが進む。手頃な価格で魅力あるマンションを購入したいという沿線住民の需要に応える計画だ。
また、16年7月には東急電鉄、東急百貨店がアパレルECベンチャー企業のIROYAと業務提携した。17年度から東急百貨店の実店舗とインターネット販売の在庫を一元管理できるようにし、沿線顧客が多い東急百貨店の競争優位性を創出していく。
さらに、東急エージェンシーが16年10月、ビーコンシステムを開発するベンチャー企業のタンジェリンに出資を行うなど、TAPをきっかけとしたベンチャー企業との協業の成果が出始めている。
ベンチャー企業との接点が増えることについて、常見課長は「大変刺激になっている」と語る。「これまで2件の事業化を伴走しましたが、共通点は提案者の事業化にかける熱意が凄かったということです。正直、ここまで1つの事業に熱くなれる人が社内にいたということに、驚かされています」。
制度も事業も、立ち上げる際に必要なのは“勢い”だが、持続していくためには信念がいる。重要なのは、動きを止めないこと。そして、失敗した社員を、決してマイナス評価しないことだという。
「チャレンジしたということはそれだけで経験値としてプラスなんだから、決してマイナス評価してはいけない、という点がこの制度のベースとなっています。一方、東急の名前を聞いた時に、今ならばみなさん、電車や不動産、百貨店などの既存事業を思い浮かべると思います。5年後なのか10年後なのかわかりませんけれども、将来的には今ここにない事業をイメージしてもらえるようになれば。おそらく、それが目指すべきゴールでしょう」
加藤由将 かとう・よしまさ◎東京急行電鉄・都市創造本部・開発事業部・課長補佐。1982年千葉県生まれ。2004年法政大学社会学部卒業、同年、東急電鉄入社。09年「東急電鉄住まいと暮らしのコンシェルジュ」立ち上げ、14年青山ビジネススクール卒業、15年「東急アクセラレートプログラム」立ち上げ。
常見直明 つねみ・なおあき◎東京急行電鉄・経営企画室・企画部・イノベーション推進課・課長。1969年神奈川県生まれ。94年東急電鉄入社。財務戦略室で経理、財務、IRなどの業務を行う。2015年4月から現職。