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2017.02.26

東急「変革」の起爆剤、「社内外2本立て」イノベーションの舞台裏

(左)東京急行電鉄・都市創造本部・開発事業部・課長補佐 加藤由将 (右)東京急行電鉄・経営企画室・企画部・イノベーション推進課・課長 常見直明


事務局はイノベーション推進課内に置かれ、常見課長を含めてスタッフは4人。「選考を通過しない場合でも、希望者には面談し、その理由を伝えています。落選したままの状態で終わらせず、次の提案へとつなげてほしいので、フィードバックは重要です。なぜ通らないのか、どこを改善すれば通りそうかなどを直接会ってお話しすると、お互いに気づきも多くなります」

なかには制度に応募することを自らに課し、2カ月に1度くらいのペースで応募してくる社員もいる。鉄道の現場で働く社員が、育児や農業をテーマに事業提案してくることもあるそうだ。

「こんなサービスがあったらいい」「あんなことにも取り組んでみたい」と夢を膨らませた経験は、誰にでもあるだろう。しかし、日常業務に忙殺されるうちに、いつの間にかそうした純粋な思いを忘れてしまう。そんな夢を思い起こさせ、社員が本来持っている挑戦心をくすぐって呼び覚ますところに、この制度の真の狙いがある。

「2次選考の最終審査は野本へのプレゼンです。社長直下のプロジェクトですから、野本が『やろう』と言えば通ります」(常見課長)

2次選考を通過すると、提案者は既存事業を離れてイノベーション推進課の所属となり、提案事業の実施に向けて、専任で検討を続けることになる。

実は、提案者にとって最もきついのは、1次選考通過後、2次選考を通過するまでの間だ。2次選考では当然、説得力のある収支計画も求められる。事務局側のサポートを受けられるとはいえ、本来の業務と事業計画案の作成を並行して行わなければならないからである。

制度を通じてこれまで事業化された案件は2件。1件目は会員制サテライトシェアオフィス事業「NewWork」で、これはテレワーク等を導入する企業に対し、社員向けの執務空間を提供するサービスだ。会員に配られるICカードを使えば、ワークスペースとしてNewWorkのネットワークをどこでも利用できる。現在、東急沿線を中心に5つの直営店がオープンしており、東急ホテルズのラウンジや、提携するシェアオフィスなど全国30カ所で利用可能だ。

2件目はアジア言語を中心に直接翻訳のサービスを提供する「YaQcel(ヤクセル)」。これはグループ企業、イッツ・コミュニケーションズの社員が、オフショア開発を通じて意思疎通の難しさを実感したことから思いついた。現在、タイ、ベトナム、インドネシアなど東南アジアを中心とした11カ国の言語を対象に、サービスを展開している。

東急電鉄のもう1つのイノベーション施策は、社内起業家育成制度と同時期の15年7月に立ち上げた、社外ベンチャー企業との事業共創プログラム「TAP」である。

創業5年以内のベンチャー企業を対象に、東急グループ各事業との共創ビジネスプランの募集をかけ、審査を通過し選ばれた企業には賞金の授与ならびに表彰を行っている。また、受賞企業には、東急線沿線に集積する東急グループの広告媒体や施設、顧客基盤、営業網などを利用したテストマーケティングを行う機会が与えられ、条件がすり合えば、東急電鉄との業務提携だけでなく出資の機会もある。

TAPを担当しているのは、都市創造本部都市政策担当の加藤由将課長補佐だ。「イメージしているのはオープンイノベーションのプラットフォームとエコシステム(生態系)をつくることだ」という。「東急グループとベンチャー企業がお互いの持っているものを持ち寄り、組み合わせることで、イノベーションが起こしやすくなる」と考えるからだ。
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文=曲沼美恵 写真=円山正史

この記事は 「Forbes JAPAN No.31 2017年2月号(2016/12/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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