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2017.02.24 08:30

抜け道好きな日本が生みだす「危機不感症の若者たち」の行く末


パトリック:確かに、台頭する中国は日本にとっては脅威かもしれません。しかしチャンスでもありますよ。

中国人は自国の製品を全く信用していない。一方、日本には信頼性の高い技術がある。中国という成長市場に対し、日本企業は供給者としてさらに進出すればよいのです。日中関係を見渡すと、政治的な問題は存在しますが、経済面では現実的にやっている。日本企業が中国から生産拠点を移しているのも、人件費の高騰が原因であって、政治の状況が影響しているわけではない。

その点では、中国側も合理的に考えているようです。年間約500万人もの中国人観光客が日本を訪れる時代になりました。彼らは観光を通じ、いかに日本が安全で快適な国であるかに気づきます。こうしてより多くの中国人が日本にやってくれば、中国の反日感情も次第に薄らいでいくことでしょう。

国家間の経済関係が、政治に左右されることは事実です。しかし逆に、政治的な緊張を緩和することでもできる。中国を含めアジアで経済統合が進むことは好ましいことだと思います。

ベルギーから世界に広がる破壊的大波

パトリック:テーマを17年の日本経済に移しましょう。日本の政治状況は、先進国の中でも極めて安定しています。安倍政権は発足から4年が経過しましたが、さらに3〜4年は安泰でしょう。そんななか、安倍首相がどこまで構造改革に進められるのか。それ次第で、日本経済が左右されると思います。

伊藤:私はTPP(環太平洋経済連携協定)の行方に注目しています。トランプ大統領の誕生によって、アメリカの参加は難しくなりました。安倍首相は残りの参加国をまとめ、アメリカ抜きでもTPPをスタートすべきです。

もう1つのポイントは、ヒューも指摘した構造改革です。構造改革はアベノミクス「第3の矢」である成長戦略の柱と言えますが、第1の金融政策、第2の財政政策はうまくいった。第3の矢を放つ準備は万端です。政治は安定しているのですから、是非とも構造改革を断行してもらいたい。

たとえば農業分野では、安倍政権になって全中(全国農業協同組合中央会)の改革などはかなり進みましたが、まだまだ課題も残っている。農地の所有なども大胆に規制を緩和して、株式会社などがもっと農業に参入できる道をつくっていかなければなりません。

パトリック:他にも電力分野などでも、政治力によって既得権益が守られていますね。何が課題なのか、何を成すべきなのかは皆、よくわかっている。後は政治が実行に移せるかどうかです。

伊藤:国外の要因に目を向けると、ブレグジットが日本経済に及ぼす影響は、少なくとも17年までは限られるでしょう。脱退に向けた交渉だけで2年という時間が設定されていますからね。日本にとっては、むしろ中国の方が不安定要因になると思います。

パトリック:あとはトランプ大統領がTPPをはじめ、いかなる対日政策を打ち出してくるのか。

伊藤:世界的には小さなニュースに過ぎませんが、私はベルギーの小さな地方(ワロン地域)がEUとカナダの「包括的経済・貿易協定」(CETA)に拒否権を発動しようとしているケースに注目しています。地域政府にまで拒否権が与えられているわけですが、私には全く狂っているとしか思えない。ブレグジットに象徴される反グローバリズム、反自由貿易がヨーロッパ全体で広まりつつあるわけです。

EUとカナダの協定が頓挫すれば、EUとアメリカの関係もおかしくなる。そうなると日本とEUの間にも影響が出るでしょう。2年前、TPPが合意された際には、WTO(世界貿易機関)に取って代わる枠組みが誕生したかに思われた。しかし、ブレグジットやトランプ大統領誕生によって、そのシナリオが早くも崩れかけています。

パトリック:元来、我々のようなエコノミストは心配性で、将来を悲観するために雇われているような存在です。とはいえ、反グローバリズムの流れが世界に波及していることは心配ですね。

伊藤:幸い安倍首相には強い政治基盤があります。国民からの支持率も高い。国内外の課題に強いリーダーシップを発揮してもらいたいものです。

パトリック:安倍首相も歴史に刻むための実績を残したいでしょうからね。やろうとすればできるんです。そのことは彼もよくわかっているはずですよ。


ヒュー・パトリック◎コロンビア大学名誉教授。同日本経済経営研究所所長。同APEC研究センター共同ディレクター。1930年生まれ。51年イェール大学卒、60年ミシガン大学Ph.D.。イェール大学教授兼Economic Growth Center所長を経て、84年からコロンビア大学ビジネススクール教授。金融論、日本経済論、アジア環太平洋諸国の経済関係を専門に研究。著書に『日本金融システムの危機と変貌』『ポスト平成不況の日本経済』(共に日本経済新聞社)

伊藤隆敏◎コロンビア大学教授。政策研究大学院大学・特別教授。1973年に一橋大学経済学部卒業、75年に同大学院経済学研科修士課程終了(博士号取得)、79年にハーバード大学大学院経済学博士課程終了(Ph.D取得)。91年一橋大学教授、2002〜14年東京大学教授。主要研究分野は為替レートの高頻度データの分析による効率性の検討、インフレ・ターゲット政策の有効性。近著に『インフレ目標政策』『日本財政「最後の選択」』(共に日本経済新聞出版社)。

編集=出井康博 イラストレーション=山崎正夫

この記事は 「Forbes JAPAN No.31 2017年2月号(2016/12/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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