一般的には、企業側がコストを負担して、リサーチセンターが調査を行うのが通例だ。しかし、今回の場合はMDアンダーソン側がコストを負担し、完成した製品はアンダーソン側のものになるはずだった。「これは非常に珍しい契約形態だ」とオレゴン健康科学大学でがん専門医を務めるVinay Prasadは述べている。
監査資料によると、プロジェクトを率いたMDアンダーソンのChin教授は、故意に価格を低く算定し、MDアンダーソンの役員会の承認を受けずに予算を通していたという。また、テキサス大学のテクノロジー部門からの承認も得ていなかったという。
この件に関し別の医療関係者は「非常に奇妙であり、一般的にはあり得ない」と述べている。さらに「支払いの元となった資金は、実際には受け取っていない寄付金から支払われている」と指摘している。
MDアンダーソンとワトソンのコラボは当初、非常に前向きな事例と考えられていた。2015年にワシントン・ポストは、MDアンダーソンのチームがワトソンの能力に感激したことを報じ、「仮に徹夜で作業を行ったとしても、これほどの情報分析を行うことは不可能だ」との関係者のコメントを掲載していた。
しかし、テキサス大学によるとプロジェクトは遅延し、成果を挙げられていなかったようだ。監査資料によるとプロジェクトのゴールは数回にわたり変更され、製品を他の2つの病院でテストするプランもあったが、実現には至らなかった。
MDアンダーソンはコストの低減を狙い、電子カルテソフトウェアを途中でエピック・システム社製のものに変更したが、監査資料によると、ワトソンはエピック社の製品に適合せず、再テストが必要になったという。収集したデータは既に無効化されている。
昨年9月、IBMはMDアンダーソンに対するサポートを停止した。がん研究の専門メディア「The Cancer Letter」もこの事態を伝えている。フォーブスが入手した資料でも、MDアンダーソンがIBMに代わる企業からの提案を求めていることが確認できた。
声明でMDアンダーソンは「公募対象からは、以前に我々とプロジェクトを行っていた企業を排除しない」と述べている。このことはIBMとの取り組みが復活する可能性もあることを示唆している。
一方、IBMは現在、メモリアル・スローンと開発したプロダクトを発表し、がん治療の現場に投入しようとしている。“tumor board”と名乗る専門家らが毎週、会合を開いており、IBMは既に20件以上の論文が医学ジャーナルに掲載された実績を例にあげ、ワトソンのリコメンド能力が専門医に評価されていることをアピール中だ。
IBM会長のジニ・ロメッティは2月20日、ヘルステックのカンファレンス「HIMSS」に登壇する。彼女はそこで、メモリアル・スローンと生み出した製品の素晴らしさについて語るのだろうか。MDアンダーソンとの間に起きた騒動についての言及はあるのだろうか。投資家や医師、関係者らの注目が高まっている。