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2017.02.21 15:30

歪んだグローバリズムの影に潜む「隠れ保護主義」の実態

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ふり返れば「新自由主義」や「グローバリズム」がはびこったとされるこの数十年は、本当に脱保護主義、真のグローバル化だったのか。
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確かに過去数十年、人もモノもお金も情報も自由に国境を越えて行き来する時代になった。しかし、そうした前提を利用しながら実は為替にしろ、補助金にしろ、関税や税制にしろ、過度の保護主義に各国が走った時代だったのではなかろうか。

最も歪んだ形でのグローバリズムの追求が各国での格差を生みだし、本来生き残るはずもない業種・業態が隠れた保護主義の下で延命される代わりに、国境を簡単に超えられない人たちはグローバル化の恩恵は受けにくいまま負担だけがのししかかり(補助金の原資は国民からの税金でもある)、保護主義の弊害を被るという状況が続いてきただけなのではないのか。

市場原理を持ち込むべきところを過剰に保護し、セイフティネットの部分は妙な自己責任論を持ちだすことに象徴されるような歪んだ構図を何とかしないと、いつまでたっても日本経済は閉塞感から抜け出せないはずだ。重要なのは、競争する場とそうでない場の線引きであろう。何を競争させ、どの部分を保護すべきなのか。
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例えば関税や租税特別措置を含めた税制、補助金など、今現在どの分野でどれ程の保護を受けているのか、広く国民が知るところにならなければ、明確な線引きのための議論の余地も国民間のコンセンサスも作れまい。

グローバル化について国際社会が激しく揺れている今だからこそ、胸襟を開いて社会システムの透明性を突き詰める時期に来たのだと思うし、その努力を大いにすべきだろう。

文=岩本 沙弓

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