サイエンス作家・竹内 薫が描く、AIと自分の未来「4つのシナリオ」

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しかしその後どうなったかといえば、アインシュタインが相対性理論を提唱して、ニュートン力学の不完全さを明らかにした。ニュートン力学からは導けないブラックホールの存在を予言して、15年には実際に重力波が観測されてブラックホールの存在(*4)がほぼ証明されるまでに至りました。

またここ20年ほどで、私たちが存在を確認できている物質は宇宙の全物質の5%(*5)ほどでしかないこともはっきりとしてきました。つまり我々は、宇宙全体の95%について、まだ何も知らないかもしれないのです。そういう意味でも、次の時代がどうなるかは本当にわからないといえます。

あらゆる可能性のうち、最も悲観的な想像をすると、人間がいずれAIに滅ぼされるというSF小説によくあるシナリオも現実として考えられます。

しかし、そこに行くまでにはまだだいぶ時間的に距離があると僕は考えています。というのは、AIはいまのところ自意識がないからです。つまり、自分という概念がないから、自分が大切だとか欲望だとかいったものもない。ただ与えられたことをやるだけです。ただし、自意識を持つようになったらやはり自分たちが一番重要になるので、「人間なんて要らない」という話にも当然なりうるのです。

現在まだ人間の意識についてはほとんど何もわかっていなく、その起源も不明です。それゆえ人間が意図的にAIに自意識を組み込むことはそう簡単ではないでしょう。ただ、必ずしも科学的に解明されなくとも、AIを作るうちに勝手に出てきてしまうという可能性はあります。意識というものがいったいどうやって生まれるのか私たちは知らないからです。それが最大の問題かもしれません。

いずれにしても、AIが自意識を持ち得る時代になったら、たとえば現在、遺伝子を研究する時などに倫理委員会を通さなければいけないように、なんらかの歯止めは必要になるでしょう。そこは考えないと、いつかは人間の手に負えない段階まで行ってしまうだろうと思います。

要件主義からデータ主義へ

こんな話に行きつくと、懸念ばかりを大きくしてしまうかもしれませんが、僕は、行き過ぎてしまわなければ、量子コンピュータやAIが発展した未来を比較的ポジティブに捉えています。いいこともきっと多いはずなのです。

一例をあげると、現在は、自分のようにフリーランスで働く人間は、実際にはちゃんと稼いでいても銀行はなかなかお金を貸してくれません。そこで融資にAIが導入されて膨大なデータからその人物を審査できるようになれば、会社に属しているかどうかといった外面的な要件ではなく、その人の実情で判断してもらえるようになるはずです。

加えて言語の障壁もなくなるとすれば、たとえば、近くに住む会社員に貸すよりアフリカに住む探検家に貸す方がいいという判断がつくかもしれない。つまり、要件主義からデータ主義になる。

それは社会にとって基本的にはいいことなはずです。もちろん、個人のデータがそこまで把握されることがいいかどうかという議論は別にあるとしても、AIによって、より正当な評価で物事が決まる世の中になっていく可能性はあるように思います。

しかしそうなると、実質を伴わない人は生き残れない。すると格差が絶望的なまでに大きくなって、社会はますます不安定になるかもしれません。もしくはそうしたマイナス面以上に、AIによる全体の生産性の向上が著しくて、みなが広く豊かになれるかもしれません。いくつものシナリオが浮かびますが、現実がどうなっていくかは誰にもわからないというのが正直なところだと感じます。

ただ現在、世界が激動する様子を見ていると、ふと思うのです。大きな変化は、すでに始まっているのかもしれないと(談)。

*4 ブラックホールの存在/2015年にアメリカで観測された重力波は、2つのブラックホールの合体で生じたことがほぼ確実となった。つまりブラックホールは存在するといえる。

*5 存在を確認できている物質は宇宙の全物質の5%/宇宙の全物質の27%は「ダークマター」、68%は「ダークエネルギー」と呼ばれる未知の物質やエネルギーであろうと考えられている。ただし、その正体はいまなお不明。


竹内薫◎1960年生まれ。東京大学教養学部教養学科・同理学部物理学科卒。マギル大学大学院博士課程修了。近著に『量子コンピューターが本当にすごい』『理系親子になれる超入門 : 誰かに教えたくなる宇宙のひみつ』。NHK Eテレ「サイエンスZERO」ナビゲーター。

近藤雄生=インタビュー、構成

この記事は 「Forbes JAPAN No.31 2017年2月号(2016/12/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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