サイエンス作家・竹内 薫が描く、AIと自分の未来「4つのシナリオ」

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「テクノロジーは予測されたようにはやって来ない」。物理、数学、宇宙など幅広いジャンルで執筆を行う竹内薫はそう話す。量子コンピュータにAI。これらは私たちをどう変えるのか。


2012年に始まった「電王戦」を見る限り、将棋においてはすでに人間がコンピュータの後塵を拝する時代になっています。では囲碁はどうなのかと、昨年専門家に尋ねたところ、「人間が追い付かれるまでまだ10年はかかるでしょう」とのことでした。

しかし16年3月、コンピュータは囲碁の世界チャンピオンを圧倒的な強さで倒してしまった。10年先と思われていたことが1年で来たのです。

今後世界を大きく変えるであろう量子コンピュータも、近年思わぬ発展を遂げた技術の一つです。これは、量子力学の原理を取り入れたコンピュータで、たとえば現在のスーパーコンピュータで何万年もかかる計算を数分で終える速度を持ち得るものです。発想は1980年代からありましたが、最近まで、実現にはまだ100年はかかるだろうと言われていました。

しかし11年、カナダのベンチャー企業が実際に作ってしまった。しかもそれは、世界中で研究が進んでいた「量子ゲート方式」とは異なる「西森型(*1)」 と呼ばれる方式のもの。最初、信じる人はいませんでした。

ところがしばらくすると、米の大手航空会社のロッキード・マーティン社に導入され、同社はそれを使ってこれまでのコンピュータとは桁違いの速度で航空機プログラムのバグを発見してしまったのです。すでにNASAやGoogleも導入し、いまでは、「あれは確かに量子コンピュータだ」ということになっています。

テクノロジーは予測されたようにはやって来ない。しかし、来るときにはあっという間に来るのです。

暗号も仕事も一変する

量子コンピュータの持つ可能性は甚大ですが、実際そこまで速い計算が必要な分野は限られているため、スマホのように誰もが持ち歩くものになるよりは、特化した用途で使われるものとなっていくような気がします。しかし、量子コンピュータによって否が応にも影響を受ける重要な分野が一つあります。それが、情報セキュリティです。

現行のネットワークは、公開鍵方式(*2)で暗号化されています。この方式は、簡単に言えば、大きな素数2つの積で得られる数を、もとの2つの素数に素因数分解することの難しさを利用して安全性を確保しています。素数2つを掛け合わせて得られる大きな数を闇雲に素因数分解しようとすると計算は膨大になり、現代の最速のコンピュータでも何万年単位の計算時間が必要になります。それゆえ、事実上暗号を解くのは不可能なのです。

しかし、量子コンピュータを使えば、それがものの数分でできてしまう。恐ろしいのは、そうしたことが可能なコンピュータが世の中に1台でも存在すれば、すべてのセキュリティシステムが破たんしてしまうことです。

それゆえ現在、新しい「量子暗号」の研究が進んでいます。しかしこれは“いたちごっこ”です。新たな暗号もいずれ解かれる。そしてまた新しい暗号を考える、という流れが今後も続くのだと思います。

一方、量子コンピュータの登場によってよりわかりやすい形で起きうる世の中の変化としては、人工知能(AI)への利用があります。

*1 西森型/日本人研究者の西森秀稔が考案したため、こう呼ばれる。「量子アニーリング」というアルゴリズムが使われていて、最適化問題を効率よく解くことに特化している。

*2 公開鍵暗号方式/受信者が、自らに情報を送るための暗号化の鍵(素数2つの積で得られる数に相当)を公開する。一方、復号化の鍵(2つの素数そのもの)は受信者しか知らない。
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近藤雄生=インタビュー、構成

この記事は 「Forbes JAPAN No.31 2017年2月号(2016/12/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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