テクノロジー

2017.02.10 18:35

ヒューマン3.0 ─「2030年の働き方」を考えてみた

イラストレーション=カロリス・ストラウトニカエス

『ヒューマン2.0 web新時代の働き方(かもしれない)』(朝日新書)を10年前に上梓し、未来の働き方を予見した筆者が特別寄稿。日本人に送る、15年後の私たちの世界とは?


サンフランシスコ発の飛行機がパリに着いてベルト着用のサインが消えると、人々は立ち上がってオーバーヘッドビンから荷物を降ろし始めた。通路の乗客が動き始めたところで香里奈も立ち上がる。ドアまでは5列ほどだからすぐ降りられるだろう。立ち上がった人々の背中の間からドアを出て行く乗客が見える。

長時間のフライトの疲れが見える横顔を見るともなしに眺めていると、突然、夫の顔が横切り香里奈は息を呑んだ。夫は2カ月前に失踪したのだ。それっきり一度も連絡はない。同じ飛行機に乗っていたのか? フライトの間なぜ気づかなかったのか?

「Karina」

誰かが呼んでいる。はっと目を開けると緑色の光がチラチラした。目の前には見慣れた飛行機の機内のテーブルとラップトップ、さらに何か別の画像が重なっている。さっと耳の上に手をあげると、メガネ型のディスプレイグラスと耳の中に入っているワイヤレスヘッドセットが指に触れた。緑の光に焦点を合わせると4人の顔が映し出される。……いけない、リモート会議の最中にウトウトしてしまったようだ。夢まで見るなんて。

インターネットを使ったリモート会議が一般的に使われ始めたのは、香里奈が東京からサンフランシスコ郊外に移り住んだ8年前くらいだろうか。それまでは限定的な業界や用途でしか使われなかったリモート会議がビジネスの基本ツールになったのには、どこからでも高速インターネットに接続できるようになり、参加者の表情が高精度で見えるようになったことが大きい。

香里奈は「Discreetを入れておいてよかった」と胸をなでおろした。

会議中に寝てしまうなんてプロフェッショナルとしてあるまじき行為だ。Discreetはリモート会議システムに追加して利用できるアプリケーションで、カメラに写る自分とは異なる表情や動作をリモート会議相手に見せることができる。

やや反則だが、会議中に他の仕事をマルチタスクしたい時には役に立つ。香里奈はパリに着く前に読み込んでおきたい資料があったので「注意深く発言者を見つめながら話を聴く」というモードにDiscreetを設定してあった。

「……Karina, what do you think?」

私の意見を求めているのはジェイだ。ジェイの顔に視点を合わせてメガネのツルの部分を指でタップすると、彼の顔だけが拡大して他の参加者の顔が小さくなった。グラスには目の動きをトラックするセンサーが組み込まれている。香里奈は何事もなかったかのようにDiscreetをリアルモードに切り替え、自分の実際の表情が反映されるようにしてから眉根を寄せ、「そうね、少し考えさせて」と英語で言って口を閉じた。

ジェイは生まれも育ちもアメリカだ。アメリカ人の常として沈黙に弱い。こちらが黙っていれば何か言うはずだ。香里奈の読みの通り、ジェイは滔々と語りはじめた。

中東の、ジェイが推しているベンチャーがある国の経済が現在伸びつつあること、創業者はその国でも有数のプログラマーであること、香里奈たちの投資が受けられれば飛躍的に成長の余地があること。そうだ、ジェイがここ1年ほど育成してきたハッカー3人組のファイナンス系ベンチャーへの投資の話だった。
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文=渡辺 千賀

この記事は 「Forbes JAPAN No.31 2017年2月号(2016/12/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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