小山薫堂「半世紀ぶりの水陸両用機」で瀬戸内周遊の旅

水陸両用機「せとうちSEAPLANES」


本日の遊覧飛行は「せとうちディスカバリーフライト」。尾道水道や、日本遺産に認定された村上海賊ゆかりの芸予諸島をぐるりと巡る。所要時間は約50分。

パイロットシートの右に座った運航関係者が「本日の機長はJAL出身、僕はANA出身ですが、空の上で喧嘩したりしませんから、大丈夫ですよ」と冗談をいい、機内が沸く。ふたりともボーイング767や777など、ジャンボジェット機の機長を長くされていた方々らしい。

機体はゆっくりと動き出した。当然、海の上に浮かんでいるので、最初の体感は船である。だが、スピードをあげて離水すれば、そのあとは飛行機になる。当たり前だけど、その感覚が新しい。
 
水上飛行機は離水後、高度700m程度の高さで飛行する。揺れはほとんどない。座席が右側か左側で見える風景が違うけれど、たとえば「ひょっこりひょうたん島」のモデルとなっている瓢箪島の場合は旋回してくれるので、どちらに座っていても同じ風景を楽しむことができる。僕はiPhoneで何枚か撮影しつつ、瀬戸内の大小の島々を自分の目でも焼き付けるように見ていた。そして、和田竜さんの『村上海賊の娘』と井上ひさしさんの『ひょっこりひょうたん島』を読むことを心に決めた。

“気づき”を与えてくれる旅
 
前日に宿泊した「ベラビスタ スパ&マリーナ 尾道」の魅力についても語っておきたい。ここは造船業を営む常石造船の大切なお客様をお迎えする迎賓館として1973年に誕生。2007年9月に大規模リニューアルを行い、瀬戸内海を一望できるオーシャンビューの隠れ家リゾートとして生まれ変わった。

僕は16年6月に初めて泊まったのだけど、すごくセンスのいい宿だなと思った。まずビューがいい。リノベーションも上手い。オーナーの個性も随所に出ている。たぶん世界中の素晴らしい宿に泊まってきたのだろう。「自分がつくるのであればこういうのがいい」という理想形を、まだ完成はしていないかもしれないけれど、誠実に追い求めている印象がある。



特に食事の美味しさは注目に値する。前回の夜はメインダイニングの「エレテギア」でいただいたのだが、星付きレストランかと思うほど美味しかった。とりわけキッチンを目の前にするカウンターでの食事はダイナミックなライブ感があってお勧めだ。今回の夜は「鮨 双忘(そうぼう)」にて。「瀬戸内の旬素材を使った鮨で、江戸前と瀬戸内らしさを堪能できる」と聞いていたけれど、白身と青魚で構成された思い切りの良さに感服した。瀬戸内海の資源の魅力をあますところなく伝えていると思う。
 
そして驚くのが朝食だ。洋食と和食が選べるのだが、僕は和食をお勧めしたい。和会席「japanese Dining SOBO」でのブッフェスタイルで、地元の食材を使用した約20種類のおばんざいが並ぶ。加えて、自然飼育の有精卵「神勝寺たまご」と、料理長謹製「瀬戸内の干物」がついてくる。しかも、シャンパーニュ・バロン・ド・ロスチャイルドが朝から飲み放題(笑)。これを至福の朝食といわずとしてなんといおう。ベラビスタはある意味、食べるために泊まる“オーベルジュ”でもあるのだ。
 
だが、なにより僕がベラビスタを素晴らしいと思うのは、ラグジュアリーでありながら、地元の匂いがちゃんと残っているところだ。外部の人間が地方に土地を購入して、都会の感覚や価値観のみでつくり上げるリゾートとは一線を画している。

いわばベラビスタは、地元に暮らしている資産家(オーナー)が自分の理想を示すことによって、尾道の魅力をこの地に暮らす人たちに気づかせている感じがするのだ。なんでもない風景に外部からきた旅行者が感動することによって、「私たちの町はこんなにいいところなんだ」という気づきのきっかけを与えているような。
 
実際、あとで聞いて驚いたのだが、遊覧飛行に搭乗するお客様の40%が、地元の皆さんなのだという。おばあちゃんと孫とか、長年連れ添ったご夫婦とかがそろって生まれ育った島を上空から眺めるのは、さぞかし楽しくて有意義な体験だろうなと思う。
 
旅は“きっかけ”を生み出すものだ。真の新しさとは何かを知るきっかけ、自分自身を見つめ直すきっかけ、ライフスタイルや残りの人生をあらためて考えるきっかけ。料理の美味しさや風景の優美さ以上に、人に気づきを与えてくれる、それが最良の旅だと僕は思っている。

構成=堀香織、写真=山本マオ

この記事は 「Forbes JAPAN No.31 2017年2月号(2016/12/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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