彼女が間接照明にこだわっていたのは、「デザインの力」を信じていたからだ。
間接照明は、器具を意識させないため、空間を広く見せる効果がある。直接照明より柔らかい光は、雰囲気もよい。
けれども社内では、なかなか理解が得られなかった。間接照明は壁や天井の面に光を当てるため、壁紙の継ぎ目などが目立つことがあり、内装工事の手間がかかる。「クレームに繋がる」と反対意見は多かったが、実験や被験者の評価を説明し、やっと試作をさせてもらった。
ちょうどその頃、穐本は、研究チームのメンバーたちと、ホルモン分泌に影響する「色温度」の研究も進めていた。生体リズムに合わせて照明の色温度を変えられたら、暮らしはさらに快適になる。だが当時は、色温度を自在に変えられるLEDは高コストで使えなかった。穐本は、電球色の蛍光灯を2本組み合わせ、それを間接照明にし、色温度の調整を試みた。
こうした試行錯誤を経て、工事の手間は最低限で、色温度も変えられる「幕板照明」を穐本は発案した。今では、間接照明も、LEDで色温度を変えられる照明も一般的になった。穐本は、そのことにいち早く着目していたといえるだろう。
そもそも穐本がデザインの力を信じるようになったきっかけとはなんだろう。
1980年代から、積水ハウスは「生涯住宅」をコーポレートビジョンとしている。家族が年をとっても快適に暮らせるユニヴァーサルデザインの住宅だ。高齢者がつまづかない造りや、つかまりやすい手摺りなど、人間工学に基づき研究が重ねられ、取り入れられるようになっていた。
けれども、家を建てるとき、生活者が優先するのは、今の快適な暮らしだ。将来、手摺りがあると便利だと言われても「今はいらない」と感じてしまう。
そこで穐本は視点を変えてみた。
「例えば、手摺りだったら、美しい木で作られていたり、形が美しいと設置したくなるのではないか?と考えたのです」
生涯住宅や、ユニヴァーサルデザインを普及させるためには、機能的に優れ、かつ見た目もよいことが重要なのだ。穐本は、住宅展示場などで消費者の動きを観察し、そう気付いたのだった。