「”複雑な連立方程式”を解くような経営ができる人物こそ、現代の理想の起業家だ」
そう話すのは、スクラムベンチャーズのゼネラル・パートナーの宮田拓弥。2013年に創業された同社は、サンフランシスコを拠点に、エンターテインメントから IoTまで幅広いカテゴリーで約40社に投資を実施するベンチャーキャピタルだ。アメリカのスタートアップの最前線を知る宮田氏に、「これからの起業家が成功するために必要な条件」を聞いた。
─アメリカで今後成功するのは、どのような起業家か。
現在は、革新的なソフトウェアの発明だけで、イノベーションを起こすことはできない。そこで、スクラムベンチャーズはソフトウェアとの掛け合わせでビジネスを生み出せる“既存領域”に注目している。具体的には、家、車、店舗といった「ハードウェア」、ロボットやブロックチェーン、VR(仮想現実)やAI(拡張現実)などの「テクノロジー」、不動産、医療、農業といったIT以外の「産業」の3領域。
起業で成功する可能性が最も高いのは、既存の産業に精通した「インダストリー・エキスパート」だ。実際に不動産・金融のプロなど、テクノロジー業界と無縁の業界専門家がソフトウェアをうまく導入し、次々と起業している。また、コンピュータサイエンス以外のコアなテクノロジーの研究者が、起業家に転じるケースも多い。もちろん、古い常識が常に刷新されるスタートアップ界では、一流大学を卒業直後に起業する若きエリートにも、チャンスはある。
─ロールモデルとなる起業家は、変化するか。
起業の領域がソフトウェアから産業に“染み出す”し、IT以外の既存産業が根付く都市からスタートアップが続々と誕生することで、ロールモデルの“多様化”が進んでいる。例えば、ニューヨークの投資銀行出身者によるフィンテック・ベンチャーや、ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)周辺のロボット研究者による自動運転関連ベンチャーなどが盛り上がり、次世代の起業家にとってのロールモデルが、シリコンバレー以外の複数の都市で登場している。
とはいえ、イーロン・マスクこそが、ベンチャーの取り扱う課題が複雑化した現代を象徴する起業家である。シリコンバレー黎明期の起業家が挑んでいたのは「半導体をいかに集積させるか」といった“シンプルな掛け算”だったが、イーロン・マスクが解こうとしているのは「全人類の未来」という“複雑な連立方程式”。
イーロン・マスクは「地球上の人口増加」という人類規模の課題解決に向け、短期的に生じるエネルギー不足には、太陽光発電(ソーラーシティ)と電気自動車(テスラモーターズ)で対応し、将来的には火星への移住計画(スペースX)の実施を想定している。彼のように、適切な環境認識と課題設定を行い、現実的な解決策を提示できる起業家を時代が求めている。
─どうすれば、複雑な問題解決を行える起業家になれるのか。
アメリカの起業家に会うと、誰もが巨視的な視点を持っていることに驚く。「どんな未来の社会を実現したいか」「人類が抱えるどの問題を解決したいか」など、まずは最終的に実現したいマクロなビジョンを持つこと。その上で、ミクロな局面を打開して事業を成立させる必要がある。イーロン・マスクが人類の火星移住計画を掲げる一方で、テスラのデザインの細部にこだわるように、マクロとミクロの視座を常に行き来しながら事業を行える人物こそが、理想の起業家像だろう。
みやた・たくや◎ Scrum Ventures創業者兼ゼネラルパートナー。日米での複数のスタートアップ創業、ミクシィのアライアンス担当役員、mixi America CEOを経て、米国テックスタートアップへの投資を行う同社を経営。