だがこれは将来的に大規模な労働者不足につながる可能性が高く、政府が不足分の補充に失敗すれば主要産業は大打撃を受ける恐れがある。
オックスフォード大学の移民観測所が先週末に発表した信頼性の高い報告書では、テリーザ・メイ政権がEU離脱交渉の過程において、国内のどの産業に労働力確保の面での犠牲を払わせるのかを決める作業を強いられると警告している。
中でも大きなあおりを受けるのは、低・中熟練労働に頼る産業だ。英国で働くEU域内出身者350万人の大半はこうした産業に従事している。報告書によると、英国では今後、各産業の労働需要をEU移民を通じてどの程度満たしていくのか(あるいはすべて国内労働力でまかなうのか)という問題をめぐる激しい政治的対立が起きる可能性が高い。
この過程では、農業やサービス業、製造業、建設業などの業界で現在働くEU出身者を「労働削減技術」などで置き換える案など、さまざまな側面が考慮されることになる。報告書は、こうした産業での労働力縮小がもたらす社会的・経済的な影響に政府がどう対処していくのかと疑問を呈している。
先週米国を訪れドナルド・トランプ大統領と会談したメイ首相は、EU離脱の手続きを開始するために必要なEU基本条約(リスボン条約)第50条の発動を3月末までに行う意向を示している。
労働力の移民依存という問題は、政府が取り組まなければいけない複雑かつ繊細な課題の一つになるだろう。公式な方針は発表されていないが、英政府は高熟練労働を優遇する意向を示唆している。メイ首相も、選挙戦で移民を敵視し批判してきたトランプとの初会談で同様の方針を示した。
共同記者会見でメイは「大統領と私は、互いの国の経済を発展させ、英米両国全土の労働者に高熟練・高賃金の雇用を提供できるように、関係構築を進めていく所存だ」と表明。一方のトランプも英国のEU離脱を「世界に対する恵み」と呼び、離脱決定は「大きな財産であり、負担ではない」と主張した。この見解はEU加盟各国には受け入れがたいものだが、メイ首相にとっては自国内での立場を固める一助となるだろう。
メイ首相が言及した高熟練労働を基盤とする体制について、オックスフォード大の報告書は、構築と維持が非常に困難だと警告している。産業ごとに異なる規制を導入するなど、より柔軟性のある体制を構築した場合、「特定の業界に合わせた熟練度向上と労働力供給、または公共部門でのコスト削減」を実現できるが、一方でそうした体制は複雑さが大幅に増し、労働者と雇用主、政府の負担増大につながるという。
英政府は、離脱交渉の優先事項の一つとして、国内労働市場におけるEU市民の数の制限を明言してきた。英国に1年以上滞在しているEU市民の4分の3近くが同国内で働いている。
英政府はEU離脱に向け、移民労働者(とりわけ低・中熟練労働者)に門戸を開く業種・職種、EU労働者を雇用できる企業、そうした企業が取る手続き、英国内での就労要件、そして移民受け入れ数に上限を設けるか否かといった問題を検討する必要がある。
オックスフォード大移民観測所のマデリン・サンプション所長はフィナンシャル・タイムズに対し、リスボン条約第50条が定める2年間の離脱交渉期限内にこうした膨大な数の問題をすべて解決することは「超人的な作業」であり、離脱に備える移行期間が必要となることも十分に考えられると述べている。