正義とは何だろうか?
1962年10月、米ソ冷戦の最中、ケネディ大統領は「米国の偵察機がキューバ国内にソ連の中距離ミサイル基地を発見した」と報告を受けた。これは米国全土が核兵器射程圏内に入る可能性を示唆する。
前年4月、就任直後の大統領はCIAに言われるままに、キューバからの亡命者2,000人をピッグス湾から上陸。カストロ新政権転覆を試みたが、大失敗に終わっている。
大統領はこのキューバミサイル危機という難局を乗り切るために、前の失敗を繰り返さぬよう国家安全保障会議ではなく、信頼の厚い十余人(エクスコム)を招集した。その後、13日間にわたり、このチームがほぼ毎朝毎晩、ホワイトハウスに集まって秘密会議を継続したのである。
ピッグス湾事件において選択肢はひとつしかなかった。そこで大統領は作戦を実行に移す前に、採り得るすべての選択肢について十分な議論をつくしたかったのである。実際、会議では率直な意見が交換され、議論が過熱した場面も多々あった。しかし、他者を非難する発言は一切なかった。そして、米国の戦法に対して、自分がソ連人になったつもりで、どういう行動に出るかを考える。孫子の「彼を知り、己を知れば百戦殆うからず」というわけだ。
ある質問や発言をきっかけに膠着状態にあった議論が新たな展開をみせることがある。元国務長官でソ連通のアチソン(A)、彼を含む多くは基地を爆撃するべきと考えていた。彼に対して誰か(Q)が聞いた。
Q: 米国がキューバのミサイル基地を爆撃したら、ソ連はどう反応しますか?
A: ソ連はトルコのNATOミサイル基地を爆撃するでしょう。
Q: そのような事態になった場合、米国はどう反応しますか?
A: ソ連国内の基地を爆撃します。
Q: そのような事態になった場合……。
A: 話し合いによる解決を誰もが期待するでしょう。
結局、エクスコムは海上臨検とフルシチョフ・ソ連首相との裏交渉を選択した。
どんなに多くの医師・看護師がいようとも、どんなに多くの点滴や医療施設があっても、どんなに多くの骨髄移植を行っても、いったん核戦争が始まれば、医療者にできることは限られている。賢明な判断により核戦争を回避したエクスコム。平和への試行錯誤こそ、予防医学の正義と重なるのだ。
ケネディは大統領就任演説で述べている。「世界の友人たちよ。アメリカが諸君のために何をなすかを問うのではなく、人類の自由のためにともに何ができるかを問うてほしい」
故セオドア・ソレンセン氏のハーバード大学政治大学院講演メモより起草した。氏はエクスコム、最後の生き証人だった。
浦島充佳◎1962年、安城市生まれ。東京慈恵会医大卒。小児科医として骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。その後、ハーバード公衆衛生大学院にて予防医学を学び、実践中。