「ワーナー・ブラザーズまで行ってくれ」
ウーバーで呼んだ黒のシボレー・タホに乗り込みながら、アシュトン・カッチャー(38)はそう告げた。新しいネットフリックスのコメディシリーズの収録に向かう車中、この日はビジネスパートナーでU2やマドンナのマネジャーを務めるガイ・オセアリー(44)も同乗している。
ハリウッド俳優の中でも屈指の高給取りであるカッチャーは、“自家用車とお抱えの運転手”を雇うことも当然できる。それでもウーバーを好んで利用するのはなぜか? それはウーバーがオセアリーと共に5年前に投資したスタートアップだからだ。50万ドルで取得した株の価値は、当時の約100倍に跳ね上がっている。
ウーバーへの投資は、偶然成功した“ラッキーな賭け”ではない。その証拠に70を超える投資先が並ぶ2人のポートフォリオには、スカイプ、エアビーアンドビー、スポティファイなど、ウーバーをはるかに凌ぐ“満塁ホームラン級”のスタートアップが名を連ねる。なかには、人事管理ソフト「ゼネフィッツ」や国際貨物輸送を自動化する「フレックスポート」など、本格的な成長前の有望株もある。
ホームラン級の「8.5倍のリターン」
「定期的に3倍のリターンを達成できれば、トップクラスのベンチャー・キャピタル(VC)。5倍のリターンとなれば、その投資は“ホームラン級”です」と、有力VCのアンドリーセン・ホロウィッツ共同創業者マーク・アンドリーセンは話す。カッチャーとオセアリーは、6年間で3,000万ドルの資金を、2億5,000ドルまで増やし、8.5倍近いリターンを実現している。
「8.5倍は、5倍をはるかに上回ります。これでも算数は習いましたから、私にもわかりますよ(笑)」
敏腕投資家も驚く運用実績により、今ではロン・バークルやエリック・シュミットといった億万長者の個人資産を預かるまでになった。「2人は正真正銘、頭の切れる投資家だ」と、シリコンバレーの実力者たちも口を揃える。そこに「ハリウッドにいるタイプにしては」というような“ただし書き”は一切ない。
カッチャーがベンチャー投資に惹かれたきっかけは、有名なラッパーの“50セント”の逸話にある。ビタミンウォーターのCM出演の報酬に親会社グラソーの株式をもらった50セントは、2007年のコカ・コーラによる同社の買収で、推定1億ドルを稼いだ。
「株で報酬をもらう方法を突き止めなきゃ。その方が、ずっと理にかなっているよ」
当時ニコンと昔ながらのCM契約を結んでいたカッチャーは、50セントの話を聞き、そう思ったという。
カッチャーはアイオワ州の中間層家庭の出身。勤労と勤勉の精神を叩き込まれて育った彼は、ビジネスを学ぶ機会とは無縁であった。生物化学工学を学ぶつもりで入学したアイオワ大学は、モデル大会での優勝をきっかけに中退。ニューヨーク、そしてロサンゼルスへ移り住んだ。
カッチャーの初ブレイクは1998年。『ザット’70sショー』の間抜けで残念なイケメン、マイケル・ケルソー役であった。その後も同様の“おバカキャラ”で映画に次々出演しながらも、「カタリスト」という本格的な制作会社を設立。50セントの一件で投資に関心を持つと、ロン・コンウェイやマイケル・アーリントンといったシリコンバレーの大物に接近した。
「90%の時間は、ただ彼らの話に耳を傾けていたよ」とカッチャーは振り返る。
こうしてシリコンバレーへ足を踏み入れたカッチャーは、勤勉な投資家となった。テクノロジー系スタートアップの言葉を流暢に話すが、ただ専門用語を並べ立てているわけではない。彼にはメディア界の重鎮たちを相手に、30分の熱い討論を主導できるほどの見識があるのだ。