これが、朴大統領の政治の最大の欠点とされた「不通(プルトン)=意思疎通の不在」の原点だったのかもしれない。
それにしても「天につばする行為」とはどういう意味か。元高官氏が笑う。「だって、ちゃんとメモを取らないと大統領からしかられると思って、みんな必死でメモや音声ファイルを取っていたんだろ。それがそのまま動かぬ証拠になったんだから、これほど皮肉な話はないよ」
朴大統領の疑惑が表面化してから、安被告やチョン被告の職場や自宅が捜索されるまで、数日間の余裕があった。その間、メモ帳や音声ファイルを破棄することもできただろうに、彼らはそうしなかった。彼らの真意はまだ聞けないが、大統領への強い忠誠心がそれをさせなかったのか。
そして、私が思い浮かべるのは、韓国と対峙する北朝鮮の指導者、金正恩委員長のことだ。彼も現地指導に出ると、付き従った重臣たちが、夏の暑いときであろうが、手がかじかむような寒さのときであろうが、ひたすら小さな手帳に、正恩氏の語って聞かせる言葉をメモしている。
脱北した元北朝鮮高官に聞いたことがあるが、メモもないがしろにはできない。後で抜き打ち検査があって、きちんとお言葉を書き取っているかどうかのチェックが入ることがあるのだという。
この元高官氏の場合、正恩氏の現地指導ではなかったが、たまたま職場で金正日総書記のお言葉をみなで学習する機会があり、やはりメモを取った。ただ、その場でお言葉を伝える党幹部の口調が速く、全部書き取ることが難しかった。元高官氏は仕方なく、敬愛なる指導者、金正日同志、と書くべきところ、簡単に「金」とだけ書いてやり過ごしたという。
もちろん、後できちんと清書するつもりだったが、忙しさにかまけて数日そのままにしていたら、運悪く査察が入った。「不敬である」ということになり、散々査問された。元高官氏は「あやうく地方の農場に送られるところだった」と苦笑した。
北朝鮮メディアは連日、朴槿恵大統領を巡る疑惑や韓国世論の怒りを、かつてないほど詳細に報道している。ただ、朴氏が実際に弾劾された国会決議の流れなどは報じていない。北朝鮮関係筋の1人は「民衆が国の指導者をすげ替える具体的な手続きを教えたくなかったのではないか」と語った。
北朝鮮メディアが伝える正恩氏は、新年になっても相変わらず、部下たちに事細かくメモを取らせて悦に入っている。