ミレニアル世代の未来を変える、「卵子凍結」ベンチャーの夢

マルティン・バルサブスキーと妻のニナ(写真=ティモシー・アーチバルド)

6つの事業を成功させたシリアルアントレプレナーが次に仕掛けたのは「卵子凍結」ベンチャー。卵子を凍結することで、生殖に関わる生物学的な時計を止め、「家庭かキャリアか」という選択から、女性たちを、そしてその家族を解放する。

ミレニアル世代は、「欲しいものを欲しいときに手に入れたがる」ことで知られる。たとえば、出産も例外ではない。

「プレリュード・ファティリティ」というスタートアップがある。ブエノスアイレス出身のシリアルアントレプレナー、マルティン・バルサブスキーが昨年、アトランタで立ち上げた企業だ。2億ドルを元手に、プレリュードは、体外受精や卵子の凍結保存といった、これまで不妊治療に用いられていたテクノロジーを、不妊でない女性にも拡大しようとしている。

彼らの望みは、家庭かキャリアかという女性たちの選択を、生物学的な時計から解放することだ。ターゲットは、妊娠が難しくなる年代に近づいた女性たちではない。20代後半から30代半ばの、卵子の採取がより容易で、かつその卵子が健康な赤ん坊へと育つ可能性の高い女性たちだ。

女性たちの出産年齢は年々上昇している。いまや米国女性のおよそ3人に1人は第1子を30歳以降に、また10人に1人は35歳以降に生む。プレリュードは、そんな女性たちにより多くの出産の選択肢を提供する“保険”でありたいという。


卵子を採取・凍結する技術は30年以上前からあり、化学療法を受けるガン患者が生殖能力を維持する策としてしばしば用いられてきた。

女性たちは通常、卵巣を刺激して排卵を促す薬剤の投与を受ける。その後に医師が膣壁から卵巣へと針を刺し、卵子を取り出す。卵子は胚と違って、主に水分からなる単一の細胞だ。そのため時間のかかる標準的な凍結法では、しばしば氷の結晶が生じ、卵子が使用不能になっていた。

しかし、ここ10年の間に「ガラス化凍結法」と呼ばれる新たな急速凍結技術が登場し、体外受精の成功率を大幅に向上させた。

出産の選択肢を残すために卵子を凍結保存する女性の数は、最近まで比較的少なかった(2014年は6,200人、米国内)。しかし、2年前にアップルとフェイスブックが大企業として初めて、社員への福利厚生プランに卵子凍結費用の補助を開始。今年に入ると、国防総省が離職防止策の一環として、卵子と精子の凍結費用を負担する試験的なプロジェクトを開始した。また、ソフィア・ベルガラやキム・カーダシアンのような有名人がその体験を公表する中で、関心は急上昇している。

日本でも13年、日本生殖医学会が、「健康な女性による将来に備えた卵子凍結保存」を認めるガイドラインを決定し、以降、国内の医療機関で、少なくとも数百を超える卵子凍結が行われている。

プレリュード以前にも、女性たちに人生の早い段階で卵子を保存するよう勧めた企業はあった。しかし、プレリュードは卵子凍結を「世の中の主流」にすることを目論んでいる。同社は卵子の凍結、保存、体外受精、ホルモン療法といったサービスを個別に販売するのではなく、「プレリュード・メソッド」と銘打つパッケージとしてワンストップで提供する。

子供をもつ準備がまだできていないカップルのために、精子の凍結プランも準備している。また、前払いによる安価なプランを提供する計画もある。といっても卵子を安全に凍らせておくには、最安でも月額199ドルがかかる。ただ、プレリュードは、女性たちがキャリアと家庭のバランスを変えるためなら年間数千ドルを払うだろうと見込んでいる。

「自分の卵子が安全かつ健全に保存されるとしたら、どんな人生を選びますか?」と、アップルの元重役のアリソン・ジョンソンは問う。彼女も自身の妊娠の問題を、ホルモン療法を使って克服した経験者だ。ジョンソンが設立したウエスト社は、プレリュードの上場計画をサポートしている。

「大学院の学位取得を目指してもいい。“運命の相手”が現れるのを待ってもいい。世界を旅してもいい。卵子は待っていてくれます。プレリュードに魅せられている理由はそこなんです。これは1960年代のピルと同じくらい女性解放を進めると思います」
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翻訳=町田敦夫 編集=杉岡 藍

この記事は 「Forbes JAPAN No.30 2017年1月号(2016/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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