ビジネス

2016.12.11

ダイソン躍進の秘密 失敗を記録する「黄色と黒のノート」

新しい研究施設を覗きこむダイソン創業者のジェームズ・ダイソン(Photo by Nadav Kander)


「僕らは『違うね。こんなのは出せない』という具合に、後戻りするのが別に怖くないんだ」と、ダイソンのロボティクス部門の主任研究員、マイク・オールドレッドは言う。

ダイソンの発明への情熱を示しているのが、エンジニアたちが持ち歩く“黄色と黒のノート”だ。彼らは「極秘」のスタンプが押されたノートに、頭に浮かんだあらゆるアイデアを書きつける。髪の毛をなめらかに手早くすく方法から、充電式掃除機の微調整のアイデアまで書き込んでいるのだ。ノートがいっぱいになると保管庫にしまわれるが、情報やアイデアをほしいエンジニアはいつでもアクセスできる。

こうしたノートは、特許申請や頻繁な訴訟の“証拠”として使われることが多い。ダイソン社は年間約650万ドルを特許訴訟に費やしている。多くは金額非公開で示談となるが、02年のサイクロン技術特許侵害訴訟ではフーバー社がダイソンに600万ドル以上の賠償金を支払ったことは周知の事実だ。

「刺激的でセクシー」な新製品

今、ダイソンが最も有望視しているのが「電池」だ。同社の製品も含めて、世界の電化製品の大半に使われている充電式リチウムイオン電池は使用可能な時間が短く、安全性にも課題がある。そこで、既存のリチウムイオン技術を改良するのではなく、新たな道を開拓しようとしている。それが、セラミックス全固体電池だ。このために、15年10月に米ミシガン州アナーバーにある電池開発ベンチャー「Sacti3(サクティスリー)」を9,000万ドルで買収した。

しかし、「これは始まりにすぎない」とダイソンはいう。彼は、今後5年間で電池工場に14億ドルを投入して研究開発を行うと断言している。この規模の企業としては巨大な賭けだが、やる気満々だ。近いうちに世界で最も長持ちし、最も信頼性が高い電池を完成させて、「推定400億ドルに上るリチウムイオン電池の世界市場を制覇する」と言い切った。そして、こう言うのである。

「電池は意外と刺激的でセクシーだと思うんだ」

ダイソンは、優れた電池を自社の製品に組み合わせることで「莫ばく大だいな数の製品チャンス」が生まれるとみている。例えば、同社は年に900万台の掃除機を販売しているが、その3分の2がコードレス掃除機だ。

「主流になったよね。この傾向は今後も続くと思うけれど、電池技術をさらに進化させる必要があるよ」と話す。ダイソンのコードレス掃除機は現在、3時間半の充電で約40分しか動かないのだ。

だからこそ、ダイソンはサクティスリーを買収したのだ。サクティスリーは、セラミックスのウエハーを使った全固体電池の試作品を作り上げた。従来の液体電解質の代わりに、ウエハーの上にフィルムを重ねて置く方式なので、極めて安全性が高い。同社の特許申請の説明によると、固体電解質は同じ体積の電解液を30%以上、同じ質量の電解液を50%以上も上回るエネルギーを蓄積できる。

つまり、現在最も進化した液体リチウムイオン電池を使ったものより小さくて軽い製品が作れる。サクティスリーは、電池寿命が従来品の2倍になり、充電時間が短くなるとしている。

ダイソンの他には、トヨタ自動車や日産自動車、ボッシュなどが現行の充電式電池に代わる全固体電池に注力しているが、その用途はたいていクルマだ。家庭用製品に使える電池を完成させれば「画期的」だと、ある電池専門家は言う。

最大の障害はおそらくコストの高さだ。複数の電池専門家によると、コードレス掃除機に使う全固体電池1個のコストは少なくとも2,000ドルになるという。ダイソンはそれほど遠くない将来にコストを大幅に削減し、安く生産できるようになると主張しているが、そう確信しているのは彼だけだ。全固体電池開発の調査を担当しているラックス・リサーチのクリス・ロビンソンは、「少なくとも10年以内に全固体電池が競争力をつけるとは思えない」と語る。

だが、そんなことは本気のダイソン信奉者に言わないほうがいい。ダイソンで、エネルギー貯蔵技術の開発を担当しているブルース・ブレナーはこう言っている。

「私たちは不可能なものほど燃えるんですよ」


ダイソン/DYSON◎1991年創業、イギリスの電気機器メーカー。デザイン性と機能性の高い掃除機やヘアドライヤー、扇風機、照明などを開発・販売している。78年に「代名詞」とも呼べる、世界初のサイクロン掃除機を開発した。

翻訳=中島早苗

この記事は 「Forbes JAPAN No.29 2016年12月号(2016/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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