「彼らは『面白そうじゃないか! 試しに料理してみよう』という、従来のやり方をしなかった。だからこそ、伝統の壁を破ることができたのだろう。むしろ、エル・ブリは数学的なアプローチで料理に取り組んでいるようだった。白い紙を動かして、可能性のある組み合わせを探っていたよ。厨房にいて、食材と鍋に向き合っているだけだったら、絶対にこんなことは思いつかないはずだ。
これが、アドリアと他のシェフとの大きな違いだ。彼のやり方は『科学』といってもいい。必ずしも創造的でも、成り行きまかせでもなかった。確かに、創造的な方法になったが、それはあくまで結果論だ。どちらかといえば、創造的であるための科学的な方法ではないか。行き当たりばったりのやり方ではダメということだ。そうでなければ、アドリアがこれほどたくさんの素晴らしい料理を生みだすことはなかったと思う」
「現在進行形」で料理を記録
ある見習いシェフによると、彼がエル・ブリで最も感心したのは、「記録と分類が、業務の一環になっている」ことだった。働き始めてすぐに、この慣行がエル・ブリの未来を決定づける原動力になっていることに気づいたという。それが完成品ではなく、アイデアの段階の記録であっても、である。その見習いシェフは、次のように話す。
「たいていの有名レストランでは、『そろそろ料理本でも出そうか?』というとき、それまでに作った料理を研究するものですが、その際、料理が生まれた過程を思い出す必要に迫られます。ところが、エル・ブリはそれを現在進行形でやっているのです。こんなレストランは他にありません。ほぼあり得ないといっても過言ではないでしょう。だって、まるで『自分たちが最高のレストランになる』ことを最初から確信しているみたいなものですよ」
アイデアの記録と分類は、スタッフが共有する“知の宝庫”となって、エル・ブリの実験プロセスを正しい方向に向かわせ、後押しする役割を果たした。さらに重要なのは、エル・ブリの料理・調理法・テクニック・スタイル・創造的な方法論を分析して得られた結論が、新たな“事実”を組み立てるためのツールキットとして活用されることになった点だ。
メニューが増えて実験用キッチンの設備も整うと、エル・ブリは新しいアイデアを生み出し、それを検証するため、外部から得た知識ではなく、これまで以上に蓄積してきた知識を拠りどころとするようになった。そうすることで、アドリアの言う「エル・ブリの遺産」「エル・ブリの伝統」をより確かなものにしていったのだ。
アドリアは、ニューヨーク市で開催された公開イベントで、エル・ブリの取り組みの根底にある考え方をこう説明した。
「我々は、料理の単語を作っているわけです。その単語を使って文章を組み立てる。文が集まると、段落ができる。単語が増えれば増えるほど、料理という言語はもっと独特で素晴らしいものになるのです」
エル・ブリはこのような哲学のもと、何年もかけて自分たちの活動と信念を調和させるインフラを開発したのだ。そして、それは具体的なビジョンやルール、方法論によって支えられている。
“新しいゲーム”を作るときと同じで、エル・ブリのシステムは、“プレーヤー”たるスタッフにゲームの遊び方を示した。どのくらいの時間と空間を使うのか。どうやって情報を収集・記録するか。エル・ブリの最終的な目標に向かって、その情報をどう活用するのか。こういった点をスタッフ全員に明らかにしたのだ。