体系的なシステムを作ったことで、チーム内の作業も連携がスムーズになり、作業自もやりやすくなった。料理年鑑のおかげでエル・ブリのスタッフは、膨大な情報にアクセスできるようになり、情報の共有も可能になった。
つまり、エル・ブリのすべてが“一人の天才”だけのビジョンではなくなり、スタッフ全員で共有できるようになったのだ。彼らがエル・ブリ共通の“客観的な味覚”を理解することで、アイデアの実験も行いやすくなった。閉店までの数年間、エル・ブリの厨房では、料理長が料理人や接客係にこんな指示を出すのが当たり前になった。
「新作のAは、BかCのアレンジ、あるいはその組み合わせにすること。オリジナルはDの年に作っているからな」
実際、閉店の日が迫ってきたころ、エル・ブリの料理長兼クリエイティブ・ディレクターのオリオル・カストロが、「テクニックXはYの年に開発した。新作のZに使うぞ」と話すのを筆者も耳にしている。
料理年鑑は、エル・ブリの仕事が目標に向かって機能しているかを分析・評価するための“表示手段”でもある。
じつは、同じようなことが異業種の組織でも行われている。認知科学者のエドウィン・ハッチンスが飛行機のコックピット内の作業を分析したところ、表示手段を使って協調作業と分散認知が行われていることがわかっている。コックピットのクルーは、飛行速度計などによって航空機の速度を確認しているのだ。
ハッチンスによれば、表示装置によって業務システムを効果的に運用できるという。クルー全員が、情報を評価して作業を修正することができるからだ。同様に、エル・ブリの料理年鑑は、チームが共通のゴールの達成に向けて情報を分析する手段になった。【後編は12月5日公開】