ビジネス

2016.12.02

クラウドファンディングの元祖、キックスターターが起こす「アイデアの市民革命」

キックスターターの共同創業者でCEOのヤンシー・ストリクラー


興味深いのは、キックスターターという会社自体、営利企業でありながら、弱肉強食の資本主義社会に反発するかのような経営方針を貫いてきたことだ。

たとえば、今回訪れたブルックリンの本社は、実は「自社ビル」。普通、スタートアップは「成長」を前提とするため、賃貸オフィスを借りて、従業員が増えれば、より大きなオフィスへ移転するというサイクルを繰り返す。そのため、事業用不動産を購入することはきわめて珍しい。ともすれば、それは自らの“成長の限界”を設定するということでもある。

だがヤンシーは「ここに永住するつもりだ」と言ってはばからない。

前出の広報担当者ジャスティンは次のように説明する。「スタートアップは投資家からお金をもらって、利益がゼロでもビジネスを急拡大させようとするのが一般的。でも僕たちはすでに利益を出しているし、意図的に“低成長”を続けているんです」

実際、創業から7年が経つが、社員数はわずか115人と、成功しているスタートアップにしては意外なほどコンパクトだ。拡大路線を捨て、創業2年目から黒字化し、自社ビルを購入しただけでない。同社は創業当初から、上場は目指さず、また会社を売却しないとも明言してきた。“投資家泣かせ”ともいえる方針である。

「僕らは安易な『利益主義』に走るのではなく、コミュニティやプロダクトをしっかりと育てて、永続できる企業を作っていきたい」とヤンシーは話す。

さらに昨年9月、同社は業界関係者を驚かせる発表を行った。それは、「公益企業(パブリック・ベネフィット・コーポレーション=PBC)」になる、というものだ。

PBCとは、2013年に米デラウェア州で初めて導入された会社の形態に関する制度で、「株主利益の最大化」よりも「社会貢献」を重視する(現在は全米30以上の州で導入。民間認証制度の「Bコーポレーション」とは別のもの)。営利企業でありながら、NPOのような役割を担うことができる制度だ。だがアメリカ広しといえども、これを実際に採用した企業は全体の0.01%にすぎない(ほかに有名な企業にアウトドアブランドのパタゴニアがある)。

キックスターターはPBCとして、毎年、純利益の5%をアート教育事業や不平等是正の取り組みに寄付すると発表している。ヤンシーは興奮気味に話す。

「とくに僕らが惹かれたのは、理想を法的文書に書けるという点です。社員食堂に掲げるポスターとは意味合いが違う。PBCになることで、僕らは『会社の使命は株主の利益を増やすこと』だというアメリカ的な価値観から自由になった。僕らが気にかけたいのは利益じゃなくて、クリエイティブな取り組みそのものなんです」

同社のこうした利益主義に走らない姿勢は、一般にビジネス界からは距離を置きたがる世のクリエイターやアーティストたちからも支持される要因となっている。

とはいえ、キックスターターがクリエイターたちにとって主要な創作ツールになった、と言うにはまだ早い。ヤンシー自身、「おそらく世界中のクリエイティブな人のうち、実際にクラウドファンディングを試したことのある人は2%くらいだろう」とコメントする。だが、10年後には半分くらいの人が少なくとも一度は試すようになる、とも考えている。

「アイデアを出せる立場の人や、お金のある人、そして良い学校を出た人だけじゃなくて、すべての人がクラウドファンディングを使って自分のアイデアを形にできるようになる。そうなるまで時間がかかるのはわかっているけど、僕らは世界を少しでもそういう方向にもっていきたいんです」

いや、時間は充分にある。ヤンシーたちはキックスターターを“千年企業”に育てようとしているのだから。


キックスターター/KICKSTARTER◎クリエイターやアーティストの資金集めを支援する「クラウドファンディング」の世界最大手。2009年にニューヨークで創業し、現在20カ国で展開する(日本は未進出)。これまで資金調達に成功したプロジェクトの数は11万件以上。

文=増谷 康 写真=マルコム・ブラウン

この記事は 「Forbes JAPAN No.29 2016年12月号(2016/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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