そんな忠誠心に篤い彼らの口を開かせるのは、当然のことながら簡単ではない。著者はインタビューの申し入れを再三断られ、たとえ応じてもらえたとしても、ネガティブなエピソードはなかなか語ってもらえなかったという。そんなハードルの高い取材対象であるがゆえに、本書に掲載されているのも、彼らが公にしても構わないと認めた話だけだそうだ。
だが、そんな条件付きであるのを忘れてしまうほど、本書で披露される秘話はむちゃくちゃ面白い。許可をもらえたものだけでもこれだけ面白いのだから、公にできない話はいったいどれほど凄いのだろうか。
想像は膨らむばかりだが、おそらくほとんどのスタッフが墓場まで持っていくのだろう。ともかくここにあるエピソードを引き出しただけでも素晴らしい。著者は我々が覗くことの出来ない大統領の私邸の扉を開けることに見事に成功している。
ホワイトハウスでは96人の正規スタッフと250人の臨時スタッフが働いているという。執事やメイド、ドアマンやアッシャー(訪問客の案内や各部門の監督にあたる)、料理人、エンジニア、配管工や電気技師、大工やフローリスト……スタッフの職種は多岐に渡る。彼らはれっきとした連邦政府の職員であるとともに、ホワイトハウスを熟知するスペシャリストだ。
多くのファーストファミリーが、「ホワイトハウスの本当の住人はレジデンスのスタッフ」だと証言している。オバマ大統領就任の際、ミシェル夫人はレジデンス・スタッフを前に、自らが連れてきた補佐官たちにこう告げたという。
「ここに集まってくれたレジデンスのみなさんのことを知るのは、あなたたちの仕事です。彼らはあなたたちがホワイトハウスに入る前からここにいて、彼らこそがレジデンスを動かしているのです」
彼らのスペシャリストぶりがいかんなく発揮されるのが、「引越し」である。
新しい大統領が誕生すれば、これまでの住人はホワイトハウスを去らなければならない。新大統領の任期が正式にスタートする就任式当日の正午までの6時間で、スタッフたちは住んでいた家族をすみやかに送り出し、新しい家族を迎え入れるのである。
セキュリティ・チェックの問題があるため、引越し業者は雇わず、すべてレジデンス・スタッフの手で行う。しかも去り行く家族に決して追い立てられているような思いをさせてはならない。この就任式当日の引越し劇を、ジョージ・W・ブッシュ大統領のローラ夫人は、「異例の速さで完了する引越しの最高傑作」と評している。
けれども、いくら舞台裏で引越し作業が慌しく進行中だとしても、やはりファミリーとスタッフとの別れの場面はしんみりとしてしまうようだ。スタッフ全員が4年から8年の歳月をかけて、ファミリーと親しい関係を結んできたのだから無理もない。ファミリーの別れの挨拶を聞いて、涙を浮かべない者はいないという。
本書に教えられたのは、ファーストファミリーとスタッフとの関係は、「主と使用人」というような単純な主従関係ではない、ということだ。
もちろんファーストファミリーに命じられれば、彼らは決して「NO」とは言わない。幼いキャロライン・ケネディのハムスターが逃げたと聞けばレジデンス中を必死で探すし、花代を節約したいと言われれば晩餐会のたびに街の公園まで花を摘みに行く(たとえそれで警官に職務質問される目にあっても!)。
しかしその一方で、彼らは常にファーストファミリーからのリスペクトも感じている。