シンガポール伊勢丹のデピュティ・マネージャー、姫野智紀のそんな言葉を聞いて、驚いた。なんといっても「9割」だ。
海外の日系百貨店といえば、長く日本人駐在員や観光客が多くを占めると言われてきた。だが、シンガポールでは、そんな通説は当てはまらない。聞けば、ローカルの人々の割合の高さは、他の日系百貨店にも共通して言えることだという。
なぜなのか?「地域で一番を目指してきたからではないか」と、姫野は言う。海外一号店として、シンガポールに伊勢丹がオープンしたのは1972年のこと。東京23区ほどの国に、現在は6つの店舗を展開する。地域で愛される店づくりに力を注ぎ、地域の人々の思いを形にしてきた。
たとえば、高級ブランドが立ち並ぶ、東京で言えば銀座に似た雰囲気を持つエリアにあるスコッツ店。今年5月、日本の生鮮食品や加工食品に特化したスーパーマーケットをリニューアルオープンさせた。
だしのバーあり、日本酒のバーあり。新しいものに敏感で、エリアに愛着があり、頻繁に足を運ぶ。そんな、常に「ここにしかないもの」を求める消費者を飽きさせない。スタッフとコミュニケーションを取れるよう、空間づくりにもこだわったという。
自分たちは“ハイブリッド”
地域に根ざしたブランディング。そこに、シンガポールの人々ならではの消費行動がマッチしたのかもしれない。
スマホの所有率は、国民の約9割に上り、インフルエンサーを通して、情報が拡散されていく。よく耳にする言葉があるという。「シンガポールの人々は、『自分たちはハイブリッドだ』と言うんです」
たとえば、H&Mなどのファストファッションと、誰もが知るような高級ブランドのバッグを合わせる。平日はホーカーズと呼ばれる屋台で5シンガポールドル(約400円)ほどのランチで済ませていても、週末には100シンガポールドル以上、食事に使うことだってある。庶民派料理の定番「バクテー」の店の前に、フェラーリが停められていることも珍しくないのだという。
「彼らにとって、それらは当たり前の感覚。高いか、安いかの問題ではない。自分が、“いましたいこと”に忠実なんです」
日本のまま、は通用しない
地域で一番を目指すということは、マーケットをきちんと見るということにほかならない。これは、姫野がシンガポールに来て身を持って感じたことでもある。
「日本で流行っているものをそのまま、現地に持ってくれば受け入れられる。そんな考えは、自分の勘違いでしかなかったのだ、と気づかされました」
たとえば、ミニマルで洗練されたデザインの服をシンガポールに持ち込んだとしても、うまく行かない。そもそも四季がなく、平均気温は一年を通して25℃を越える。日本の感覚では、女性なら無地でシンプルな黒のノースリーブのワンピースが売れると思ってみても、ここではボディコンシャスなシルエットのものや大胆な色づかいのもの、グラフィックの入ったものが受け入れられたりする。被服に対する支出割合が低く、アパレルは日本のようには売れない。でも、その代わり、宝飾やバッグのようなものへの関心度は高い。
「とにかくマーケットを見て、試行錯誤を繰り返すしかない」
新しいものが好きということは、裏を返せばそれだけ淘汰されるスピードが早い、ということ。シンガポールに進出した日本のメーカーを見ても、2年経たずに撤退するケースだってある。
「自分たちが表現したい楽しさ、美味しさ。“本物の日本”をもう一度原点に立ち、伝えていきたい」
先のスコッツ店のスーパーマーケットには、そんな思いを込めた。変化の激しい国で、地に足をつけながら。百貨店の可能性を模索している。