閉じる

PICK UP

I cover the art of family finance and becoming a more savvy consumer.

Iakov Filimonov / shutterstock.com

誰でも顔を知っているような著名人が数多く集まるイベントで、筆者はある思慮に富んだ賢明な男性2人がスピーチの中で、妻の買い物について冗談を言うのを聞いた。何人かは反射的に笑うが、もう聞きたくもない使い古された冗談だ。

彼らの発言は、聞きようによっては違う意味にも受け取れる──「私は金持ちだ。妻が思うがまま使えるだけの十分な金額を稼いでいる。そして、私はそのことを笑い話にできる。私は家族を養っているのだ」

確かに、それは立派なことだ。私たちは、家族の面倒をきちんとみる人を好ましく思う。彼らの発言も、その言葉どおりの意味なのだろう。だが、たとえ意図していなかったとしても、こうした発言には次のような意味もある。

・妻は自分で稼げない
・妻の稼ぎは重要ではない
・妻は金というものや、それがどう機能するかを理解していない
・私は技能や才能を求められる重要なことに関わっている。妻は買い物だとか、たわいもないことをしている
・夫婦の間にお金に関する十分な意思の疎通や合意がない
・夫婦またはパートナー関係ではあるが、(彼女が使っているのは)“私が稼いだ金”だ

恐らくこれらのうちのいくつか、あるいは全てが、この男性たちの本心だろう。そして、彼らはこれらを「それで良い」と思っている。しかし、さりげなくこうしたことを口に出して言うことで、彼らは否定的な文化を助長させている。

この男性たちは、「女性はお金に関することに弱く、稼いでくれる男性を必要としている」という既成概念を強調している。つまり、女性は専門的な技術ではなく、人柄によって評価されるものだと述べている。固定概念は、こうして世代を超えて受け継がれていくのだ。

家族全体への影響

ニューヨーク大学などで教授として教壇に立っていたこともある臨床心理学者のアリサ・レイは、この「善意に基づく」性差別的な冗談はある意味で、女性は“金鉱を掘る人”であり、維持するには金がかかるものだということを示唆していると話す。「女性は弱く、世話をしてやる必要がある」「より能力の高い男性が取り扱い、管理する必要がある」という考えに基づいているのだという。

編集 = 木内涼子

あなたにおすすめ

合わせて読みたい