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2016.11.29

契機となった死亡事故から20年超、医療は安全になったのか?

PongMoji / shutterstock

医療界の最高峰で起きた死亡事故。トップニュースになるほど、単純ミスだった。そこで対策を講じたものの、実はその対策に落とし穴があった。

1995年3月23日、ボストン・グローブの一面に“Doctor’s Order Killed Cancer Patient”という見出しの記事が載った。94年12月、ハーバード大学ダナ・ファーバー癌研究所(DFCI)で抗癌剤が間違って4倍量も過剰投与され、乳癌の女性が亡くなったのだ。

DFCIは抗癌剤治療発祥の地であり、世界の癌センターの最高峰である。当時私自身もDFCIで研究をしていたので、施設内が騒然となったのをよく覚えている。

99年、私は再びハーバードに、大学院生として留学した。そして、あの事故からDFCIがどのように変わったかを知るために、医療マネジメントのオフィスを訪ねた。彼らは日本人の私を笑顔で歓迎してくれた。なぜなら「私たちは多くを日本の自動車会社であるトヨタの管理体制に学んだ」というのだ。

品質管理と無駄をなくす改善を取り入れ、そして、「我々の施設はインシデント報告が一番多い」と自慢する。

「現場の問題がきちんと上に挙がってきている証拠。どれも小さなインシデントなので、我々は大きな問題に至らないように予防策を講ずることができる」というのだ。

死亡事故の後、医療界は産業界の管理方式を積極的に取り入れた。また、電子カルテが当たり前にもなった。その結果、患者さんの目を見ないで話す医師が増えた。最近の研修医は患者さんとの会話に12%、コンピュータに40%の時間を費やしているという。

看護師との会話も減った。2014年9月、テキサスの医療センターを、ある男性が高熱を主訴に受診した。病歴をとった看護師はエボラ流行地のリベリアから帰国したことを電子カルテには記載したが、医師には口頭で伝えていなかった。医師は渡航歴に気づかず、この男性を帰宅させてしまったのだ。この男性は多くの人と接触し、入院して10日後にエボラ出血熱で死亡した。

一方、UCSFでは過剰投与しないようなコンピュータ・システムが構築されていたにもかかわらず、単純な操作ミスで30倍の薬が過剰投与され、患児が死にかけたこともある。

16年6月、ハーバード・ビジネス・スクールの元教授であるRobert D. Austin先生の講演を聴く機会があった。教授は「医療と自動車産業は違う」という。自動車をつくる場合、そのプロセスに注意を集中すればよい。しかし、医療では患者さんごとに状況が異なるため、機械的に作業はできない。そこで患者さんの話に耳を傾け、他の医者仲間に相談し、看護師や薬剤師などの多職種と話し合う心のゆとりを持つことが重要だという。

DFCIの医療事故から20年以上、結局のところ、医療は安全になったのだろうか?

うらしま・みつよし◎1962年、安城市生まれ。東京慈恵会医大卒。小児科医として骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。その後、ハーバード公衆衛生大学院にて予防医学を学び、実践中。

文=Forbes JAPAN編集部

この記事は 「Forbes JAPAN No.28 2016年11月号(2016/09/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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