才能の開花を妨げる「迷信」[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

チェロ奏者、ミッシャ・マイスキー (Photo by Roberto Serra - Iguana Press/Getty Images)

世の中に、自分の才能を開花させたいと願う人は多いが、その願い通り、自分の中に眠る才能を開花させる人は少ない。

それは、なぜであろうか。

その一つの理由を教えてくれる、興味深いエピソードがある。

何年か前、あるテレビ番組で、世界的なチェロ奏者、ミッシャ・マイスキーが、子供たちに音楽を教えていた。

そして、その番組の中で、マイスキーは、子供たちに、一つのクイズを出した。

そのクイズとは、バッハの無伴奏チェロ組曲の同じ曲について、三人のチェロ奏者の演奏録音を聴かせ、誰が最も若い年齢の演奏者で、誰が最も歳を取った演奏者かを、当てさせるというものであった。

しかし、このクイズの結果は、静かな驚きを禁じえないものであった。

子供たち全員が、「最も歳を取った演奏者の重厚な演奏」と感じたのは、実は、若い頃のマイスキーの演奏であった。

そして、同様に、子供たち全員が、「最も若い年齢の演奏者の軽快な演奏」と感じたのが、それから16年の歳月を経た、最近のマイスキーの演奏であった。

伸びやかに、軽やかに、その精神の若々しさを感じさせる演奏は、ソビエト抑留の苦難の歳月を経て、年輪を重ねたマイスキーのものであった。

このマイスキーの演奏を聴くとき、我々は、いま、世の多くの人々が「常識」と思って信じていることが、実は、一つの「迷信」であることに、気がつく。

人は、歳を取ると
精神の若さと瑞々しさを失っていく。

実は、我々が、歳を取るにつれ、精神の若さと瑞々しさを失っていくのは、多くの人々が信じる、その「迷信」によって、それが真実であると思い込み、無意識に「自己限定」をしてしまうからに他ならない。
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編集 = Forbes JAPAN 編集部

この記事は 「Forbes JAPAN No.28 2016年11月号(2016/09/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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