最後の希望? 東京藝大[本は自己投資! 第5回]

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これらはほんの一例だが、ワケがわからないと切り捨ててしまうのはちょっと待って欲しい。表現には彼らなりの理由や背景があるのだ。彼らにアートをどう考えているか聞いてみると、そのことがよくわかる。

アートとは――。

「知覚できる幅を広げること・・・かなあ」

「ちゃんと役に立つものを作るのは、アートと違ってきちゃいます。この世にまだないもの、それはだいたい無駄なものなんですけど、それを作るのがアートなんで」

彼らは星新一のショートショートのエリートたちを髣髴とさせる。このようにひたすら役に立たないことをやり続けることの中から、やがて天才的なアイデアが生まれるのかもしれない。実際、藝大では「天才」という言葉がふつうに使われているらしい。たとえば学長からして新入生たちに対してこんなことを言っている。

「何年かに一人、天才が出ればいい。他の人は天才の礎。ここはそういう大学なんです」

とは言うけれど、何年に一人どころか、この本には天才と呼びたくなるような人物が何人も出てくる。たとえば藝大生をして「あいつは天才」と言わしめるある学生は、口笛の世界チャンピオンだ。彼は口笛をクラシック音楽に取り入れるという前人未到の道を切り拓こうとしている。

また「後にも先にも、あんな奴は入って来ない」と評される学生は、学内で「現代の田中久重」と呼ばれている。田中久重は「文字書き人形」などのからくり人形で知られる江戸後期の発明家で、人読んで「東洋のエジソン」だ。この学生も千を超える部品をすべていちから手作りして、精巧なからくり人形を作り上げるという、誰もやったことのないことをやろうとしている。

この本を読んでいると、いかにこちらの頭がコチコチに固まっているかに気づかされる。常識や世間体、役に立つか立たないか。そんな固定観念でがんじがらめになっていることを思い知らされるのだ。

・「面白い!」という心の声に忠実になること。
・自分だけのものさしを大切にすること。
・誰もやっていないことに果敢に挑戦すること。
・なにかの役に立とうなどゆめゆめ思わないこと。
・ひたすら手を動かし試行錯誤を繰り返すのを厭わないこと――。

こういったことの先にいつか、この行き詰った社会を打ち破るような新しい芸術や思想が誕生するのかもしれない。本を読みながら、いつしか私のなかで、『最後の秘境 東京藝大』というこの本のタイトルは、『最後の希望』と読み替えられていた。

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「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」(新潮社)
二宮敦人・著

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編集 = Forbes JAPAN 編集部

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