「HANAに関しては、こんな真面目な会社が本業とは異なる、こんな面白いものを作っているんだ、という意味でのギャップはありますよね。ベンチャーがこうした技術をリリースしても話題にはなると思いますが、大企業がやりましたという方がインパクトは大きい」と波木井は言う。加えて、市村もこう話す。
「モノづくりの会社ですから、ある程度の技術検証ができた段階で表に出しています。この技術検証ができるかできないかの差は大きいでしょう」
BICジャパンでは現在、20を超えるプロジェクトが動いている。ゴーサインを出すかどうかの判断基準は、以下の3点だ。
「第一に社会的価値・顧客価値はなんだろうということ。第二に、サステイナブル(持続可能)であるかどうか。最後に、ビジネスプランとして成立するかどうか。順番は決して逆であってはならず、最初の2つが明確でなければ詳細なビジネスプランを描いても意味はありません」と、市村は強調する。
例えば、NPOと組んで開発中の「MIMI」がある。医療機関向けのコミュニケーション支援サービスで、タブレットを使い、外国人患者の来院から支払いまでの業務を一気通貫にサポートできるプラットフォームを目指している。
「命にかかわる診断に関しては、患者の母国語で会話をしなくてはならない国際ルールがあります。一方で、通訳ができる人数は限られている。来院した訪日外国人が医療保険に未加入だった場合、診断・治療をしても、病院がその治療費を取りはぐれてしまうなどの問題もありました」(市村)
このような社会的課題の解決をビジネスモデル優先で考えてしまうと、どうしてもゴーサインは出しにくい。しかし、「マーケットイン」の発想を貫くBICの基準に従えば、このようなプロジェクトこそまずはローンチさせてみて、その後に収益のあり方を考えるという順番で取り組むことができる。社外のNPOと連携するのも自由自在だ。
「大企業の多くは既存事業と同じ管理手法で新規事業を管理しようとするから、すぐに『売り上げはいくらだ、コストはどれくらいだ、損益分岐点は?』という話になる。私はそうした質問には一切答えないことにしています。重要なのは、プロジェクトが健全に前へ進んでいるかどうか。顧客価値が特定できていて、それを詳細化し、事業開発へと持っていく流れができていれば、利益は後からついてきます」と市村は言う。
イノベーションを起こすために必要なのは、仮説を持ち、それを検証しながら進むこと。懸念すべきは、この流れが滞留してしまうことだという。流れを滞らせないために、所長の評価に関しては、失敗したプロジェクトも加点評価している。
「仮説が間違っていたら、すぐにストップしてスタート地点に戻るのも非常に重要な判断ですから。挑戦的なプロジェクトほど『やってみたらうまくいかなかった』ということがある。単にタイミングが早かっただけのことであれば、経験値は後に成功するための布石にもなる。売り上げ・利益につながったものだけを評価していたら、誰も、何も挑戦しなくなってしまいます」(市村)