我々はテレビCMを中心とした広告映像制作を事業ドメインにしています。昨今はコミュニケーションの手法が多様化し、映像の需要は高まる一方です。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)での拡散を狙った「バズ動画」、商品の使い方を伝える「How to 動画」など、その用途も多様化しています。
そうしたなかでこの本を読むと、「何をどう伝えるか」という本質がもっとも重要なのだ、ということがわかっていただけると思います。
本書で紹介されている榎本卓朗氏は博報堂のシニアアートディレクターで、テレビCMとグラフィック制作を主な仕事とされています。博報堂のような広告会社は「コアアイデア」を重んじます。それは広告の核となり、そこからコミュニケーションの戦略や表現手法などが放射的に広がる広告の基盤です。
私はテレビCMが全盛の時代に若手として入社した人間なので、何時間打ち合わせをしようと、コアアイデアが固まるまでは先に進めさせてもらえない、それほどコアアイデアは大切なものだと認識しています。
しかし、最近のネット系文脈の広告はコアアイデアがぼんやりしたまま、あれもこれもと作って「試してみましょう」と発信しているものが多い気がします。スピード重視、趣向の多様化した時代ですから、それも正しい選択なのでしょう。
そんな時代でも榎本さんは、時間をかけてストイックにコアアイデアを練り上げていることが本書を読めばわかります。そうして自ら絵コンテを起こすなどして細部までこだわったアイデアは確かな共通言語となり、多くのスペシャリストたちに伝わり、時間と労力をかけて1本のテレビCMへと昇華します。だからテレビCMはコストがかかる。けれどかけたコスト以上のものが生まれる。
「俺は人より劣っていたんだ。倍以上の努力が必要だ」
これは彼の大学時代の日記にある言葉です。偶然ですが、私も全く同じ考えなので驚きました。また、宮崎県出身の彼は、常に田舎から出てきた「意味」を考えて故郷まで届く仕事をしなければ意味がないと言います。“ナニクソ魂”と表現されていましたが、私も鳥取県出身なのでよくわかります。
それら榎本さんの想いは、榎本さんが生み出すアイデアに通じるものがある。真摯に向き合った末のアウトプットは、世の中に広がり、伝える強さを持つのです。
我々は、常に環境にあわせてコミュニケーションの最適化をはかってきました。今はスペシャリストよりジェネラリストが重宝され機能する時代です。けれど“コア”なしに最適化も何もないのです。榎本さんのような「広告職人」の強さにはかなわない。厳しい広告競争の中で生き残れるかは、その強さがあるかどうか、だと信じています。
title:榎本卓朗の仕事
author:博報堂デザインドリブンプロジェクト(編)
えのもと・たくろう◎博報堂シニアアートディレクター。1977年、宮崎県生まれ。2000年に東京工芸大学芸術学部デザイン科を卒業後、博報堂に入社。現在、シニアアートディレクターとしてテレビCMとグラフィック制作両方を手がけるマルチプレイヤーとして、博報堂を代表するヒット広告を連発している。主な仕事に大塚製薬「カロリーメイト」、大塚食品「MATCH」、日野自動車「HINO DUTRO」、kracie「HIMAWARI」、資生堂「専科」など。受賞歴は、東京ADC賞、ACC賞金賞、タイムズアジアパシフィック広告賞金賞、ニューヨークADC賞銀賞、ロンドン国際広告賞銀賞、テレビ広告電通賞ほか多数。美大生とともに描いた黒板アート6,328枚で綴った大塚製薬「カロリーメイト」の広告作品で、本年度ADC賞グランプリを受賞。
なかえ・やすひと◎1967年、鳥取県生まれ。中央大学経済学部卒業後、葵プロモーション(現AOI Pro.)入社。2015年より代表取締役 グループCEO。テレビCMのプロデューサーとして国内外で受賞歴多数。近年は映画やドラマの製作にも携わっている。