世界初「8Kロボット手術」 最先端技術で医療はどう変わるのか?

写真=アーウィン・ウォン


手術の“予行演習”で失敗を回避

VR技術は手術室の外で、医師の訓練にも活用できる。VR解剖図を使えば、ロボット手術の予行演習を行うことができるのだ。これは手術の精度を上げるだけでなく、医師のストレス緩和にもつながる。

医師は「人の命を救う特別な存在」だ。彼らに失敗することは許されない。もし間違えば「救世主」から一転して「人殺し」扱いされることもある。

「どんなに難しい手術でも『できて当たり前』だと思われるのが医師という職業です。手術は“予行演習”はなく、すべてがぶっつけ本番。失敗すれば患者の命にかかわり、訴訟沙汰になって自らの医師生命を失うこともある。その過度なストレスから産婦人科、外科、小児科は医師数も極度に減少し、自殺率も高い職場になっている」

そうした問題意識から、杉本医師らが開発したのが、臓器模型の「BIOTEXTURE(生体質感造形)」だ。これは、単なる模型ではない。ほぼ人間と同じ特性・物性で患者臓器の“レプリカ”を造形する技術。水分量や繊維量などを緻密に計算した設計で、切れば実際の臓器と同じように“血”が出る。その精度は高く、医療機器開発の際の、性能評価の現場でも活用されている。

この臓器模型を用いて医師が予行演習し、リアルな感覚を体験しながら「失敗ができる」ということが、医療現場では革命的なことだと杉本医師は話す。

「人は失敗への危機感を得て成長する。この模型で手術の困難さや、突然の大量出血のような失敗を経験できれば、医師はリアルな危機感を感じる。その体験が、医師の成長に大きく役立つのです」 

VRは映像だけにとどまらない“現実”だ。実際の患者の臓器を3D-CT画像をもとに3Dプリンタでプリントした模型も、模型である点を除けば「実質的には現実と同じもの」。映像によるVRを「可視化のVR」としたとき、杉本医師はこの技術を「可触化のVR」と定義している。

VRが変えた、命との向き合い方

医療分野は専門性が高いだけに、患者にとっては話が難解に思えてしまう。そのため患者は「先生にお任せします」と、理解することを諦めがちだ。「VRや臓器模型を使って患者の病状を可視化することで、患者にとって『わかる』医療を実現し、この状況を変えたいと思っています」

VRを活用すれば、記録されたロボット手術の内視鏡映像を立体視することができ、患者も自分の手術をリアルに追体験できる。その映像が8Kであればより体験は豊かになり、患者の実感が湧き、理解も深まる。これは患者の意識を変える力を持っている。

目の前で自分の臓器模型や、VRの手術映像をつかって説明されると、患者は治療を「自分事」として受け止めやすくなり、「病気に立ち向かおう」という姿勢が生まれるという。驚くべきことに、そうした患者の方が回復も早い。手術後にリハビリに励んだり、手術前にダイエットしたりと、自分の体の状況を理解した患者の行動が大きく変わるからだという。

退院時には自宅に臓器模型を持ち帰り、病気の体験と命の重さを家族に伝える患者もいる。VRの仮想現実が、現実世界での命との向き合い方をも変えようとしているのだ。杉本医師が言う。

「VRの何よりの魅力は“行けないところ”に行けること、“見えないもの”が見えること、“感じられないもの”が感じられること。VRが医療にもたらす新体験によって、私たちは身近な身体と命への理解を深め、向き合うことができる。そして医師や患者の直面する現実をより良い方向へ導くことができるのです」

杉本真樹◎国際医療福祉大学大学院・医療福祉学研究科准教授。医療コンサルタントの「Mediaccel 」を起業し、代表取締役を務める。VRクリエイティブアワード2016で、「Hyper medicine for augmented human 人間の能力を拡張する超越医療」にて優秀賞を受賞した。医療ICT推進や医療機器開発などを精力的に行っている。

文=森旭彦

この記事は 「Forbes JAPAN No.26 2016年9月号(2016/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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