世界初「8Kロボット手術」 最先端技術で医療はどう変わるのか?

写真=アーウィン・ウォン


VRで患者の体内を直感的に把握

取材当日、NTT東日本関東病院の手術室では、前立腺がんの手術が行われていた。

杉本医師は手術室に入ると、MacBook Proを広げる。患者のCTデータから3Dの「VR解剖図」を作るためだ。これが手術の“カーナビ”役になる。骨格のみ、臓器や筋肉のみ、血管のみ……というように、身体情報を医師のニーズに合わせて自由自在に可視化する。さらにVRヘッドマウントディスプレイ「Oculus Rift(オキュラス・リフト)」を使って覗けば、まるで自分が小人になってVR解剖図の中に入り、視線の動きを追従した360度視点で自由に見渡すことも可能だ。

執刀するのは志賀医師。低侵襲手術のスペシャリストだ。志賀医師は、手術ロボット「ダヴィンチ」に向かい、手術を進めていく。杉本医師は手術中、志賀医師に求められると、用意した患者本人のVR身体地図が表示できるオキュラス・リフトを手渡す。志賀医師は一通り眺めると、ふたたび「ダヴィンチ」に向かう。このVR解剖図は、まるで高性能なカーナビを搭載した自動車で行くドライブのように、安全で計画的、高効率な手術を実現するのだ。

一般的なロボット手術では、医師は内視鏡映像を手がかりに患部を処置する。組織の境界を僅かでも誤って傷つければ致命傷となる、全身に血液を運ぶ動脈や神経が網の目のようにある中で、その作業が進む。手術は自然と慎重に、かつ時間がかかるものになる。

しかしVR解剖図があれば、医師は「ここは2cm切っても大丈夫」と直感的・効率的に判断して作業ができるようになる。この2cmは、どんな教科書にも書かれていなかった、患者個別のVR解剖図だけが示せる手術の最短距離だ。

杉本医師は、最先端の「VR(ヴァーチャル・リアリティ)」技術を用いた「VR医療」のパイオニアとしても研究業績を積み上げてきた。8K映像はもちろん、さまざまなIT技術を手術室に持ち込み、この新しい“現実”で、医療の現実を変革しようとしている。

矛盾に満ちた“聖域”意識

「手術室は患者と医師が、命と命で対峙する、“聖域”だ」と語る志賀医師は、実績ある外科医。一方の杉本医師は、外科医として活躍しながら、VR技術を医療現場に持ち込んだ。このふたりが肩を並べて手術を進める風景は、一昔前なら考えられなかった。

次ページ > テクノロジーに対する医師たちの「拒否反応」

文=森旭彦

この記事は 「Forbes JAPAN No.26 2016年9月号(2016/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事