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2016.10.22 15:00

「日本一短命の町」に企業が続々と参入する理由


そんな、生活習慣病になっても不思議ではない数字を築いている背景には、県民性がある。青森を訪れ、地元の人々とつき合うとわかるのだが、人に優しいのだ。たとえ自分は喫煙者でなくても、周囲でたばこを吸う人に寛容な人が多い。これは街を歩いていると、店の入口に当たり前のように灰皿が置かれていることからも窺える。

「飲酒も喫煙も、塩分摂取も運動不足も、さらに健診結果を軽視することも、すべては健康に対する意識の低さによるもの」と、前出の中路は言う。健康診断は受けているのに、異常が見つかっても放置する。自分の健康問題を他人事のように考えてしまい、危機感を持とうとしない。これでは健診を受ける意味がない。そこに意識の低さが現れているのだ。

昔は青森と同じ短命県だった長野が一躍長寿県に躍り出た背景には、県民に健康意識を根付かせる教育がある。塩分摂取量が多く、脳卒中で死亡するケースが多かった長野県では、市町村ごとに「保健補導員」という保健活動のリーダーを置いた。地域から選ばれた一般の住民、多くは主婦を教育し、保健師のアシスタントとしての役割を担わせた。草の根的に健康情報を普及させて、生活習慣を変えさせたのである。

そこで青森では2005年、一つの取り組みをスタートさせた。中路を中心とする弘前大学の研究チームによる「岩木健康増進プロジェクト」という健診事業だ。

“津軽富士”の異名を持つ岩木山の麓、弘前市内の岩木地区は、短命県青森の中でも短命地区の一つ。弘前市中心部から車で15分ほどの距離ということから一部でベッドタウン化も進む、緑豊かな田園地帯だ。中路医師らのチームは、弘前市と多くの研究者などの協力を得て、ここの住民を対象とした大規模臨床調査を始めたのだ。

目的は「青森の短命県返上」。毎年1回、この地区の約1万人の住民に呼びかけて健康診断を受診してもらう。身体・体力測定や画像診断などに始まる一般的な健診メニューの他、採取した血液や細菌などの検体を、600に及ぶ項目について精査。

腸内細菌の状態と血圧の関係、血糖値の状態と認知症発症の関係、口腔内細菌の状況とアレルギーの関係など、健康状態と疾患や症状との無数にある関係性を詳細に調べていくことで、認知症や生活習慣病の要因特定、あるいはマーカーの発見につなげ、最終的に青森県民の健康増進に反映させようと考えたのだ。

「精も根も尽き果てる作業です」と、スタッフの一人は言う。なぜなら、人口1万人の内、1,000人が検診し、1人に約5時間かけて、健康状態を徹底的に診ていく。「大学教職員や学生、県や市の職員、住民代表、協力企業のスタッフらが人海戦術で、10日間にわたって全工程を行う」(同前)という。

ここで得られるデータこそ、宝の山となる。「病気になってからのいわゆる医療ビッグデータは世界中に多数存在するが、健康な人が病気になっていく過程を詳細に追い求めた健康ビッグデータは他にない」と、弘前大学COI研究推進機構・戦略統括の村下公一教授は言う。

最悪からの克服。世界中の研究者が注目するその貴重なデータが、弘前大学に蓄積されていったのだ。
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文=長田昭二 イラストレーション=東海林巨樹

この記事は 「Forbes JAPAN No.27 2016年10月号(2016/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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