テクノロジー

2016.10.13 08:30

遺伝子解析 x AIの威力で「病気になる前に病気を治す」


具体的には、ワトソンに論文の摘要、薬の特許情報、パスウェイ情報(遺伝子やタンパク質の相互作用を経路図として表したもの)などを読み込ませる。これによりワトソンは、遺伝子の変化がどのように絡み合った結果、どんながんになるかを学習する。その上で、ゲノムの解析結果をワトソンに読ませるのだ。

すると、ワトソンは、特定のゲノム変異に関する論文を検索し、治療のターゲットとなる遺伝子の候補をリストアップしてくれる。同時に、その変異に対応する治療法や治療薬も一覧で表示し、それぞれの治療薬の現時点でのステイタスも示してくれる。

例えば、Aという薬はアメリカで認可されて使用中、B薬なら現在治験中、C薬は他のがんの治療に認められているーといった具合だ。もちろん、根拠となる論文や薬の情報にもワンクリックでアクセスできる。こうした情報は、がんの基礎研究のスピードを加速させる可能性がある。

つい最近のニュースでも、診断の難しかった特殊な白血病を、ワトソンがわずか10分ほどで突き止め、複数の新たな治療法を提示し、医師がそれを取り入れて患者が快方に向かったと報道されていた。他にもワトソンは、想像を超えるがんの多様性を明らかにしつつある。

ワトソンを活用したがん臨床研究は、まだ端緒についたばかりであり、基礎研究や臨床情報の充実などの課題も残る。けれども今後は、一人ひとりのがんに最適で、副作用のない抗がん剤と治療法を提案できる可能性が拓けてきた。その先に見えているのは、がんという複雑な病気に対する的確な医療により、がんで死亡する人を減らすことができる未来だ。


井村裕夫◎1931年滋賀県生まれ。京都大学名誉教授・元総長。医学博士。2004年から先端医療振興財団の理事長を務める。現在は科学技術振興機構顧問、稲盛財団会長。日本での「先制医療」の第一人者。

宮野 悟◎東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長、東京大学大学院情報理工学系研究科教授。専門は、システム生物学、バイオインフォマティクス。遺伝子ネットワーク探索研究の先駆者。

文=竹林篤実

この記事は 「Forbes JAPAN No.27 2016年10月号(2016/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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