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2016.10.07

冷徹な為替レートの裏側にあるもの[ナラティブな経済_02]

英国・バーストル、ジョー・コックス議員殺害現場近くに手向けられた花束 (Getty Images)

前回、短期の投機の場合は「織り込み方を当てにいく」、と書いた部分がわかりにくかったかもしれない(システム売買の方は関係ないので読み飛ばされたし)。

英国のEU離脱を決めた国民投票当日を例にしてみよう。事前予想ではEU残留・離脱は拮抗しつつ、それでも残留が多少なりとも優勢、つまり開票直前の市場のコンセンサスは残留に傾いた状況だった。

国内報道などではドル・円やユーロ・円の動きに注目していたが、円への影響は勿論あるにせよ、今回の投票は英国がEUから離脱するか否かの判断である以上、自分が取引現場にいたなら一番着目するのはユーロ・ポンドの組み合わせとなる。

ユーロ・ポンドの場合は1ユーロが何ポンドに相当するかを示す為替レートであるため、値段が上がるということはユーロが買われてポンドが売られることを示す。わかりやすく言うなら、ユーロにとって朗報、ポンドにとって悲報を示唆としてもよいだろう。

英国国民投票が実施されたのが6月23日。現地時間の午後10時(日本時間6月24日午前6時)が投票終了時刻だったのだが、開票そのものの進捗の度合は、いくらネット時代とはいえ、遠い日本にいるとなかなかわかりづらい。

実際には英国の海外領土イベリア半島にあるジブラルタルなどから開票が開始され、イギリス本土での大勢が判明し、正式に結果が判明したのは約7時間経った現地時間6月24日の午前5時前後(日本時間の午後1時前後)だった。

ユーロ・ポンドは日本の朝6時台(以下、日本時間)では市場が閑散としていたこともあり、1ユーロ0.76前後の安値を付けていた。そこから開票が進むにつれ、最初はジワジワとレートが上昇する展開となった。事前予想に反して、実際の投票では離脱派が優位になっていそうだということがわかる。

午前8時20分時点で、結果が判明した5地区の合計が「離脱派わずかにリード」との報道があり、午前10時過ぎに31地区の合計が53.6%と発表されたあたりで価格は大きく動く。結果的に東京日本時間の午後1時台ではユーロ・ポンドは0.83台となり、午前中だけで9%以上の急激な値上がりを見せ、投票結果も離脱となった。

為替レートの裏には、人間の営みがある

市場動向は「美人投票」、つまり自分がどう思うかより大多数がどう思うかが重要だといわれるが、実際の取引は美人投票だけでもままならない。

美人投票(今回の例では、事前のコンセンサスはEU残留)を踏まえた上で、実際のイベントに備えては逆張り=市場の思惑とは逆の方向で売ったり、買ったりをしておく(今回の例では、開票直前にユーロ買い・ポンド売りをしておく)方が収益は上がりやすい。というのも市場参加者の予想通りの結果であれば、イベントを経ても価格はほとんど動かないのに対して、事前予想に反する結果なら価格変動は大きくなるからだ。

今回の投票直前のことになるが、国民投票をめぐる集会で残留派の女性議員一人の命が奪われた。それも踏まえた上で市場の価格形成を分析する作業は、犠牲になった議員が自分とほぼ同年代、同じく2人の子を持つ母であったことを考えるといたたまれず、心情的には非常に辛いものがあるのだが、ここはレイヤーを区別した話としてご理解をいただければと思う。

このように市場は残酷・冷徹な部分があり、あらゆる人間の営みを“価格へと織り込んでいく”からこそ、いつでも粛然と襟を正して相場取引には臨むべきと考えている。

過去のレートから続くその軌跡は、国民経済や生活を真摯に考えていた1人の英国議員がいたことを示す証しでもあるのだから。

文=岩本 沙弓

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