ハーバード・メディカル・スクールは、日本の医療の20年先を進んでいると言われる。2016年6月、私は同校のセミナー「プライマリケアの未来を描く」に参加した。タイムマシンで20年先の未来を見るようなものかと予想していると、ハーバードが提唱したのは、テクノロジーによる医療の進化ではなく、日本では聞き慣れない、「ビヘイビアヘルス」という概念だった。
世界の10%は、運動不足が死因という衝撃
ビヘイビアヘルスを知るには、次の診察室の会話がわかりやすいだろう。
医師:前回の診察から血圧の高さが変わりませんね
患者:血圧を下げる薬を飲むと身体がだるくなるので、毎日は飲めていないんです。別の薬に替えてもらうことはできますか?
この医師は薬を替えるべきだろうか? 医師がとった行動は、「もっと話を聞き込む」ことだった。
患者:最近内勤の仕事が多く、一日中コンピュータの前に座っています。食事もほぼ外食で、1人で食べています
医師:1人で食べると、つい過食になりがちでは?
患者:その通りです。それに、ストレスのためか、夜もなかなか寝つけず、毎晩酒を飲んでしまいます
患者の体重は最近10キロ以上増加。コレステロールも高くなっている。放置すれば、糖尿病、心筋梗塞、脳卒中になる恐れがある。
医師:座り姿勢が多いのなら、汗をかく運動を取り入れてみては? それだけで体重が減り、ストレスも解消し、夜間もぐっすり眠れるようになります
薬を飲まなくても、血圧を下げる方法は多々ある。クリニックや病院にかかる前に日々の生活における行動パターンを変え、病気の発生を予防し、健康を維持するー。この考えが、ビヘイビアヘルスなのだ。
医学界の最高峰であるハーバードが、なぜ「ビヘイビアヘルス」を提唱するのか。その理由は、「米国の死因上位」のデータ(画像)を見ても明らかだ。
2016年5月、「アメリカでは、医療過誤により年間25万人が病院で死亡している」という衝撃的な推計が報告された。これは心臓病、がんに次いで3番目に多い死因である。
医療過誤とは、誤投薬、手術ミス、誤診に基づく誤治療、見落としによる治療の遅れ、さらには医学の常識から逸脱した治療を含む。血圧やコレステロールを下げるために薬を飲み、眠るために薬を飲み、と何でも薬に頼れば、薬への長期依存と副作用の危険が高まる。
薬を飲まなくても、手術を受けなくても、自然に治る方がよいに決まっている。私自身、椎間板ヘルニアの手術を勧められたが断り、筋トレとストレッチにより完治した経験がある。それ以来、「現代医療の中には不要不急のものも相当数含まれているのでは?」と疑念を抱くようになった。事実、薬や手術を使った医療で早死を防いでいるのはわずか10%という推計がある。