最初に見つけ出した患者は40代半ばの男性で、ひどい心不全、喘息、コントロール不良の糖尿病、甲状腺機能低下、痛風があり、しかも喫煙者でありアルコール依存症だった。そして何といっても目を引くのが、254キロという体重だ。
ブレナーが彼と会ったとき、彼は病院のICUで生死の境をさまよっていた。彼が一般病室に移ると、ブレナーは医学生のように毎日何時間もベッドサイドに通い、なぜこんな事態になったのか、彼の幼少時代からの長い物語を聴いた。人生のどこでボタンを掛け違えてしまったのかがわかれば、そこに解決のヒントがあるからだ。
彼はもともと車の販売をしており、ガールフレンドとの間に2人の子供がいた。しかし、アルコールでつまずいた。アルコールに依存するようになってからは定職に就けず転落人生であった。気がついたらトレイラーハウスに住んでいた。彼には主治医もいなければ、人生の展望さえなかった。
数カ月後に退院すると、ブレナーは看護師とともに頻繁に彼の家を訪れ、血糖値や血圧の測り方だけでなく、自分で健康的な生活リズムをつくれるように食事の作り方まで教えた。また、ソーシャルワーカーをつけて保険を取得させ、主治医も見つけることができた。
やがて彼は喫煙も飲酒もやめ、体重もおよそ半分になり、家族とともに暮らし、日曜には教会に行くようになった。彼はもう救急車を呼ぶこともなければ入院することもなくなった。
ブレナーは彼のような患者をもっと救いたいと考えた。そこで「カムデン連合」を結成し、スーパーユーテライザーの自宅に赴き、人生の物語を共感をもって聴き、そしてその人に合ったテイラーメイドのビヘイビアヘルスを提案したのである。すると、この患者たちとブレナーの間には強い信頼関係が構築されていった。そして彼らは最初の254キロの患者のように自ら行動変容を来したのである。
ブレナーはハーバードのセミナーで、こう言った。「診察室で患者を診ているだけでは、病気の根本的原因に迫ることはできない。患者の家に行き、生活の現場を見て、じっくり話を聴けば、何が最も上流にある原因かがわかる。この原因を修復できれば、自然と行動変容が起こり、病状は改善する」
ブレナーらのスーパーユーテライザー在宅診療が36人に達したところで、彼らの月平均37回に及ぶ救急受診、月1億3,000万円に及ぶ入院費が半減した。この素晴らしい変化に、ブレナーは満足しなかった。
ブレナー率いるカムデン連合は、スーパーユーテライザーに対してこう提案した。「まず、住宅を提供する」。これがカムデン連合が全米で注目されることになる「ファースト・ハウジング」という策だ。
カムデン連合のスタッフがこのハウスに頻繁に赴き、彼らと親交を深める。スーパーユーテライザー50人を対象に実施したが、驚くことに開始した翌月から救急受診、入院は激減しただけでなく、患者の病状は病院に行かずによくなったのである。
健康をもたらすのは、薬や手術だけではない。カムデンのケースでは、社会保障の補助金を上手に使いながら、快適な住居を地域住民に提供したことに加え、患者・医療者間の心の通う信頼関係を構築したうえで、ビヘイビアヘルスを実践したことにより、患者は不必要な受診をせずに病状が改善。行政も補助金を上回る額の医療費を削減し得た。
日本は米国と違うと主張する人もいるかもしれない。しかし、日本でも地震などでやむなく仮設住宅に住む人々が病気になりやすいことは、よく知られている。団塊の世代がすべて後期高齢者となる2025年、高齢者をケアする施設が圧倒的に不足する。その結果、病気がちの高齢者が増え、医療費がさらに高騰するだろう。
2025年問題を抱える日本にとって、カムデンの体験は決して「対岸の火事」ではない。ビヘイビアヘルスに、日本の未来はかかっているのだ。
うらしま・みつよし◎東京慈恵会医科大学分子疫学研究部教授。1962年、安城市生まれ。東京慈恵会医科大学卒。小児科医として骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。ハーバード大学公衆衛生大学院で予防医学とリーダーシップを学ぶ。現在、食物アレルギー予防試験を実施中。ビヘイビアヘルスによる新しい地域医療の構築を目指す。