「気」の流れが「病」を変える、漢方薬を服用しない使い方

illustration by ichiraku / Ryota Okamura

薬を使わないで「気」をそらして、症状を変える方法を東洋医学では「移精変気」という。気を変えたり、状況を変えることが、人間の身体に作用するのだ。


私は美術大学で週に一度の授業をもつ。医学と美術の境界領域がテーマなのだが、数年前に興味深いことがあった。

授業の実習で漢方の染色を行った。美しい色をした生薬で、Tシャツを染めるのだ。自然の漢方生薬は定着が難しい。しかし、ときに人間の予想を超えた美しい色を出す。紫蘇の葉を煎じる前、水に触れると、美しく色を変えていく。その変化に私は見入ってしまう。

生薬の色彩は、青、黄、紅色などどれも派手すぎず、日本人好みだと思う。その色で布を染めるのは、草木染の技法のひとつだ。

皮膚を治す生薬で染めたシャツを、あるアトピー性皮膚炎の学生に着てもらったことがあった。すると何となく体調が良いという。本人の感覚だから、私にはわからないのだが、“皮膚に良い生薬で染められている”という情報が学生に安心感を与えているのだろうと思った。しかし、その学生は真面目な顔をして、「このシャツを着ると皮膚の調子が良い」と言い続け、繰り返しそのシャツを着るのだ。

昔、漢方薬を“持つこと”が健康のお守りになったという話を思い出す。また、奈良の西大寺では、お札を焼き、その炭を病を患った者の口に入れて、病気平癒を願うご祈祷があると聞いた。現代医学では迷信と一笑に付される非科学的な話だ。

しかし、東洋医学では違うとらえ方をする。気、血、水の三つの概念で身体は構成されており、気を色々な方法で巡らせて、気の流れを整える。整えることで、精神的にも肉体的にも一体となった「人」を治療する。

速効性や劇的な身体変化は西洋医学にはかなわない。だが、身体に微妙な変化を与えるこうした手法は、死の覚悟が身近だった昔の知恵だろう。病気の進行とともに死を意識した時代は、早い段階で微細な身体や精神の変調をとらえ、治すしかなかったと思う。そのため、精神的な変調やわずかな身体の変化をとらえて対応する初期治療を発達せざるを得なかったのだ。

身に着けるもので、気分が軽くなることを東洋医学では「気の流れが良くなる」という。自分が嫌いな派手な色や、模様が入った服を着ていると何となく、身体の居心地が悪かったり、気分が乗らなかったりすることは誰しも経験があるだろう。特に、感性の豊かな女性はそんな傾向がある。

しかし、自分に合う色の波長が他人に理解されなくても、まったく問題はない。色だけではなく、住む場所やパートナーなど自分にとって心地良いものを他人に理解させるのは難しい。仕事でもそうだ。両親に認められなくても、自分に合った仕事がある。

可能な範囲で社会の常識と切り離し、自分が元気になる生き方を選び、常識的な価値観にこだわることをやめれば、それは病気の予防につながる。そして、自分のもつ力を発揮できると思うのだ。

さくらい・りゅうせい◎1965年、奈良市生まれ。国立佐賀医科大学を卒業。北里大学東洋医学総合研究所で診療するほか、世界各地に出向く。近著に『病気にならない生き方・考え方』(PHP文庫)

文=桜井竜生

この記事は 「Forbes JAPAN No.27 2016年10月号(2016/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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