メニューに並ぶのは、「虫寿司6貫」や「アリのぷちぷち卵のハーブゼリー」。店の名は「米とサーカス」。企画やブランディングを担当しているのが、宮下慧(31)だ。
「栄養価が高い」「食糧危機を救う」と、欧米ではビジネスの可能性を見出されつつある昆虫食。とはいえ、需要はあるのだろうか? というのが、正直なところ。
宮下の前職はグラフィックデザイナー。それ以前は、美術スタッフとして映画の現場にいた。昆虫料理研究家でもなければ、昆虫好きでもない。ではなぜ昆虫を? 宮下は言う。
「鹿の肉から始めて、カンガルーや深海生物にも手を出した。とにかく仕入れられるものを、と考えました」
「米とサーカス」は、2011年に「ジビエ居酒屋」としてオープン。当時は、「ジビエ」(野生鳥獣の肉)という言葉が浸透しておらず、「牛肉や豚肉は置いてないのか?」と口にする客は少なくなかった。だが、一度珍しい肉を口にした客は、「もっと変わったものを食べたい」と考えるようになることがわかってきた。
ヤモリやウーパールーパーの料理が客に受け入れられたことで自信をつけた宮下は、昆虫を料理に取り入れることを決める。スタッフには「昆虫を出す意味が分からない」と言われるも、昨年のバレンタインの時期に生み出した「イナゴチョコ」で風向きが変わった。チョコレートの上に、イナゴをトッピング。
「食べた方々はみな『美味しい!』と。賛否両論はありつつも、これはいけるのではないか、と思いました」
「なぜ昆虫食なのか」は、ちゃんと伝えたい。そこでは、グラフィックデザイナーとしての経験が役に立った。21世紀を救う食材として世界的に注目されていることを、デザインで見せる。世界観をつくる。
長年、昆虫料理の研究を行ってきた専門家たちも、「ゲテモノとしてではなく、常識的な価格で昆虫料理の普及に取り組んでいる」と、企画に協力してくれるようにもなった。
「日本の人口は減る一方なので、どうしても昆虫が必要となる日はこないのではないか」と、どこかで俯瞰している自分もいる。毎日昆虫を食べたいかと聞かれたら、それも違う。
「でも、数年後には選択肢の一つにはなるかもしれない。だからこそ、『たまには虫を食べてもいいか』と思えるくらいの場を提供できれば」
強い使命感、とはちょっと違う。「好奇心が一番大切だと思う」。常識や感情のバリアを取っ払うことができるのは、宮下が持つ“ 軽やかさ”や“楽しさ”なのかもしれない。
みやした・せい◎「美味しいは楽しい」「楽しいは美味しい」をテーマに、2010年に夫とともに「宮下企画」を立ち上げる。現在、5つの飲食店を経営。東京・高田馬場の居酒屋「米とサーカス」では、8月末まで昆虫食フェアを開催。サブカル感を意識した店内は、映画『ツゴイネルワイゼン』などをイメージしている。