チームづくり、戦略、ストーリー性、哲学、そして技術。
これほどスタート時から完璧にそろったベンチャーはないと投資家たちに言わしめるのが、メルカリだ。文化を超えてビジネスを拡大できるC2C(個人間取引)は、社会に何をもたらすのか。
ナイキのリュックに虫除けや一人旅グッズを詰め込んだ山田が、成田空港に戻ってきたのは2012年10月のことだった。半年以上をかけて、地球を一周。23カ国を旅してきた彼が帰国して驚いたのは、人々の手にあるのが、携帯からスマホに変わっていたことだ。
山田は早稲田大時代の先輩で、投資会社「イーストベンチャーズ」の松山太河を食事に誘った。大学卒業後に山田がWeb 事業で成功していく過程を松山はよく知っている。その松山に山田はもう一度起業すると話したのだ。松山が振り返る。
「食事後、六本木交差点を渡っているときに、進太郎は『勝負しますよ』と言って事業内容を話し始めました。アプリもできていない段階でしたが、彼の狙いは正しいと思い、私は交差点を渡り終わったときには出資とオフィスの提供を告げていました」
山田の目論見に膝を打ったのは松山だけではない。六本木にある雑居ビルの一室で、窓際の長テーブルを借りてメルカリはスタートしたが、1カ月で部屋を占拠するまでに社員が増え、その勢いは隣の部屋まで拡張するほどだった。注目すべきは、入社する人々が、楽天、ヤフー、mixiなどネットビジネスで成功を体験した大手の元社員である点だ。
「いける」。プロたちがそう確信させる世界観と技術をもったプロダクトだったのだ。(中略)
フリーマーケットのようにあらゆる物品をC2Cで売買するメルカリは、アメリカの拠点をサンフランシスコに置き、日本発のベンチャーとしては珍しく、すでに現地で利益を伸ばしている。アメリカ市場を押さえることで、地球規模での利用を目指しているのだ。
「既存の流通を破壊しているのではありません。イメージとしては飛行機のLCCに近いです」と、山田は言う。
「いままで旅行しなかった人たちが、LCCで格安に旅行をするようになりました。宿泊の概念を変えたAirbnbも、タクシーのUberもそうですが、需要を爆発的に下に拡大しているのです。僕らはヤフオクさんとよく比較されますが、ヤフオクさんは年間取扱高が7000億円と巨大で、僕らがそのユーザーを奪っているかというと、違います。巨大なピラミッドを見たとき、水面にでているのがヤフオクさんで、水面下には誰も気づかない巨大なマーケットがあったのです」(中略)
金鉱のような巨大マーケットとは、一言で言うと、人々の価値観である。山田はアメリカに行くたびに新しいサービスを試す。Airbnbで、他人の家に泊まることを「気持ち悪い」と思う人は多い。だが、一度体験してみると、こだわりとは何なのかと気づかされた。ベッドメイキングは毎日必要なのか。食事はキッチンを借りて、手軽につくってもいいじゃないか。快適さとは何なのか。体験が、“ 泊まる”という概念を変えたのだ。
モノの売買も同じだ。メルカリを始めるとき、山田は「こんなの、誰がやるんですか」という声を何度も聞いた。しかし、たった2年で、1日の出品数は10万点を超えた。川上から川下に流通する環境に慣らされた消費者に、未知の体験させることで、巨大なマーケットを掘り起こしたのだ。
メルカリを立ち上げたとき、山田たちは都内のホテルで合宿を行った。そこで決めた会社のミッションは、こうだ。「なめらかな社会を築く」
モノが行き届かない地域もあれば、使えるものでも平気で捨てる社会がある。非効率で不均等な世界をなめらかにしたい。そうするためにも、山田はこう言う。
「facebookもgoogleも、彼らが一番最初にサービスを始めたわけではありません。SNSも検索エンジンもすでにあったものですが、徹底してプロダクトにこだわったことで、世界中に広まったのです。僕らも徹底して細部にこだわることで、世界に通用するサービスにしたいのです」(以下略、)