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2016.09.13

口先だけか! 国連の担当者が初めて語る、北朝鮮制裁の意外な舞台裏

(Photo by Woohae Cho/Getty Images)


アメリカやEUは、数多くの北朝鮮関連の個人や企業を単独で制裁してきました。しかし、制裁の根拠となる証拠は国連には提供されないため、安保理は制裁指定できません。「もっと国連をうまく活用すればいいのに」と、しばしば苦々しく感じました。

単独制裁だけでは、限界があります。アメリカ政府についてはこんなことがありました。昨年1月、アメリカ財務省は北朝鮮に対する単独制裁を発表しました。弾道ミサイルや兵器の開発・取引を担う北の主要な武器関連企業KOMID(朝鮮鉱業開発貿易会社)の関連人物など10名以上のを北朝鮮人を制裁対象としたのです。KOMIDは国連の制裁対象でもあります。

アメリカ財務省は、これらKOMID関係者の名前、生年月日、パスポート番号を公表しました。私たちはこれらの情報を元に、彼らの渡航履歴を調べることにしました。世界中の航空会社や関係各国に照会をかけたのです。

すると、意外にも、アメリカの単独制裁の後も、彼らは何事もなかったかのように、誰にも制止されることなく、世界中を飛び回り続けていたことが判明しました。イラン、アラブ首長国連邦、レバノン、パキスタン、ロシア、中国、南アフリカ共和国などなど。彼らはドルやユーロなど現金で航空チケットを買っていたのです。電子決済やカード決済を行っていないので、アメリカ財務省の監視の網を潜り抜けていたのです。

もし彼らがイスラム国のテロリストだったら、各国が連携して旅客機の搭乗を阻止していたでしょう。北朝鮮になると関心は低くなるのです。

日本にも課題があります。これまで全国の警察がさまざまな対北朝鮮不正輸出事件を摘発してきました。特に、2008年から2009年にかけて摘発された対北朝鮮不正輸出事件は、「大連グローバル」という中国・大連市に拠点を置く企業が、指南役として度々関与していました。

この企業は、大量破壊兵器などの開発に使用されうる運搬車や安保理決議で禁輸対象とされている奢侈品などを中国経由で日本から北朝鮮へ迂回輸出するためのスキームを仕切っていました。日本からの数々の不正輸出を主導しており、この企業の悪質性は見過ごせませんでした。

私は大連グローバル社を国連制裁対象として安保理に推薦することを視野に、捜査を開始しました。ただ、国連としては、いかに日本の法廷で結審した事案でも、この企業の非合法活動を立証したことになりません。やはり裁判所で使用された証拠資料や裁判所の判決文が必要です。しかし、意外な壁にぶち当たりました。日本では裁判所関連の情報開示制度が、諸外国に比べて未整備なのです。

刑事事件の裁判記録の取り扱いについては、法務省の説明によると、判決文は判決時にのみ法廷にいる記者には配布されるが、それ以上は開示しないそうです。また、裁判で使用された証拠の開示については、地方検察局の担当検事の判断にゆだねられている。

もしそこで開示が許可されたとしても、文書はコピーできず、筆記で写すことしか認められていないのです。ニューヨークから何度も来日して、自分で日本中の地方検察局を訪問して、担当検事と交渉して、もしうまくいっても、筆記しかできない……。思わず絶句してしまいました。他のいろんな国々にも裁判所の公式資料の提供を要請しましたが、こんなことを経験したことはありません。日本だけです。

結局、大連グローバルについては、安保理への制裁対象推薦は断念し、捜査も打ち切りました。

いくら日本の裁判で違法行為が認定されても、それだけでは国連制裁にはもってゆけません。その後、大連グローバル社の経営陣は社名を変えて、複数のフロント企業を設立し、主に北朝鮮と中国との間で複数の貨物船を運行し続けていました。

冒頭で私が「もう遅い」と言ったのは、こうした事情を含む、様々な理由からです。

北朝鮮はかねてから核開発と弾道ミサイルの開発について公言し続けてきました。彼らはこの10年間以上にわたり、必死になって制裁をかいくぐりながら、核・弾道ミサイルを開発を進めてきたのです。他方、多くの国々は、「断固とした措置を執る」と口では言いましたが、実際は北朝鮮問題にはさほどウェイトをおいていませんでした。北朝鮮が必死に攻めてくる以上、守る側も必死にならなければならなかったのです。(以下、次回)


文=藤吉雅春

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