ビジネス

2016.09.13

口先だけか! 国連の担当者が初めて語る、北朝鮮制裁の意外な舞台裏

(Photo by Woohae Cho/Getty Images)


もはや北朝鮮の核や兵器関連の物資は、完成品の形で取引されることはほとんどありません。しかも、北の核施設や弾道ミサイルでは、市販の汎用製品が数多く使われています。臨検をしても、非合法物資とは容易に判断できないのです。

さらに、すでに禁輸対象に指定されている核・ミサイル関連物資であっても、臨検を行う国に成分分析などの科学的能力がなければ、禁輸物資かどうか判断できません。そもそも信頼性の高い科学的実験設備を有する国は、意外と数が少ないのです。また、先進国には設備があっても、核兵器や弾道ミサイル情報を有していない。

臨検国は、そうした情報や能力をもつ国々と緊密に協力しないといけないのですが、そもそも臨検そのものをどこの国もあまりやりたがりません。

貨物船を長時間停めさせると、その分、航海が遅れるので船主からクレームがきます。貨物を引き留めれば、荷主からクレームがきて訴訟に発展する恐れもあります。

また、多くの場合、他国からの機密情報をもとに臨検が行われます。しかし、機密情報の精度は必ずしも高いわけではなく、調べても違法物資は見つからないことがままあります。臨検国には「もういい加減にしてくれ」との徒労感が強くなります。

しかし、本当にこれらの機密情報は誤報だったのでしょうか? 先述の通り、大量破壊兵器関連物資は、見た目だけでは違法性の判別が困難です。もしかしたら情報は正しかったかもしれません。

「兵器関連物資は、アメリカに聞けばすぐに教えてもらえるだろう」との声をよく聞きます。しかし、現実は必ずしもそう簡単ではありません。アメリカ政府内では、他国や国連への情報開示にあたり複雑な手続きが定められており、これを経ないと情報共有ができません。

一般的にアメリカ政府などの国々が臨検国に情報を提供する場合、根拠となる証拠が提示されないことが多く、臨検側としては、それだけでは貨物の差押えの司法手続きに耐えうるような情報ではありません。

つまるところ、臨検国は自らの力で臨検に取り組まなければならないのです。これは多くの国にとって容易ではありません。

専門家パネルが国連加盟国に捜査協力を要請する場合、各国の国連代表部を通じて、公式書面で問い合わせます。しかし、どこの国の代表部でも、担当の外交官は一人で複数の業務を割り当てられており、北朝鮮制裁のみを担当する外交官など、日本を除いてまずいません。一人で、イランの核問題、シリア内戦、テロ問題などの大型案件を兼務するのが一般的です。国連では、イランやテロ問題に比べると、北朝鮮事案は優先順位が相対的に低かったのが実情です。

多忙な外交官を通じて、北朝鮮制裁違反事案の捜査協力を要請するので、私どもの捜査協力要請が本国に正確に理解・伝達さえないこともままありました。非英語圏の国では、国連からの英語の公式書簡を母国語に翻訳しなければならず、さらに誤解が生まれやすくなります。事件の詳細についてできるだけ完結に説明しつつ、証拠も添付します。それでも母国の関係省庁に私どものメッセージが正確に伝達されず、ちぐはぐな返答を受けたこともままありました。

これだけの作業をしても、結局、何にも返事を返してこない政府も多々ありました。アメリカやドイツですら、レスポンスはあまりよくありませんでした。

報道でいつも槍玉に挙がっている中国は、返答は一応します。さもないと、「専門家パネルの捜査に非協力的」との批判が出かねません。たまに有益な情報も提供されましたが、多くの場合、形式的な返事でした。
次ページ > 単独制裁の限界と日本の課題

文=藤吉雅春

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事