サントリー新浪CEOが語る、「グローバル化」と「やってみなはれの精神」

サントリーCEO、新浪剛史(Photo by Jan Buus)


樽の中にあるものは“キャッシュ”

事業と人材の多様化が加速するサントリーでは、その変化に機敏に対応する組織を構築しなければならない。その基軸となるのが人材交流である。

日本企業には曖昧さを是とする文化がある。和を尊ぶ良い面もあるが、ときとして、ぶつかり合うことを避け、摺す り合わせに力を注いでしまう。しかし、アメリカ企業のCEOはコミュニケーションの取り方が全く違う、と新浪は言う。彼自身、ビームとの交渉でそれを痛感した。

「まずはイエス、ノーをはっきり言う。そして、ノーの場合、なぜノーなのかをこれから議論しようじゃないかと、こうくるんですね。アメリカのCEOの優れている点だと思いますが、経営統合では、そこに苦労しました。その文化の違いをお互いが乗り越え、CEOや役員同士が腹を割ってしゃべれるようになるまでには時間がかかりました」

また、ビジネス感覚の差異も指摘する。例えばキャッシュ・フロー、すなわちお金の流れに関する認識の違いだ。「樽の中にあるものはキャッシュ」。彼らは、よくそう口にするという。日本では「お酒」だから、ブレンダーが管理する。だが、アメリカでは「キャッシュ」だから、CFO(最高財務責任者)が担当するのだ。

「お金をどうやって早く回収するか、どうやって無駄を省くか。ものすごくキャッシュ・フローの管理に厳しい。そしてシステマティックなんです。勉強になりますよ」

自国では当たり前のことが、他国でそうとは限らないー。新浪は、お互いの理解を深める取り組みを始めた。15年4月、企業内大学の「サントリー大学」を設立したのだ。サントリーの創業精神を海外グループ企業の幹部にも伝え、そしてグループ全体に広げていく試みである。が、その“ポイント”は日本に来てもらうことだ、と新浪は明かす。

「不思議なことに来日した彼らはそろって、欧米企業にはなかなかないから」

そうした目に見えない価値は、言葉で説明しづらい。だからこそ、新浪は「実際に日本に来て、いろいろなものを見て、日本のサントリーを理解してほしい」と彼らに呼びかける。

現場レベルの交流も始まった。じつは、ジムビームのつくり手は、サントリーのシングルモルトウイスキーのトップブランド「山崎」のつくり方を知りたがっていた。そこで、彼らを日本に呼び、その蒸溜所を見せたのだ。そして意外なことに、彼らが最も興味を示したのは、懇談を兼ねて案内した街の居酒屋で見たハイボールだった。

「日本では、そんな“飲み方”をするんですか!」
 
新浪は言う。

「サントリーとビームの現場が、一緒にいいものをつくっていこう、という思いを共有し、交流がどんどん深まっています」

来日したリーダーたちにサントリーの創業精神を宿す。そして彼らは「エヴァンジェリスト(伝道師)」となって自国に帰り、体験した価値を社内に伝え、一体感のある強固な組織をつくっていく。今、そんな「ONE SUNTORY」が形成されているのだという。

とはいえ、サントリーには世界に数万人の従業員がいる。そして彼らは、議論を尽くしてこそ価値を理解する。

「根っこ」が伸びていくには相当の時間がかかりますね、と問うと、新浪は「悠々として急げ、ですよ。それは改革でもなんでもない、自然と変わっていくものです」と答えた。

日本の社長がグローバルマーケットで戦うために必要なこととはー。「社員は、上から、あれやれ、これやれと言われるのを好まない。社長として大事なことは、彼らの自主性を引き出すこと。やってみなはれの精神です」。
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文=北島英之

この記事は 「Forbes JAPAN No.26 2016年9月号(2016/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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