「未来のバスキア」と巡り合うための1000万円[小山薫堂の妄想浪費 Vol.13]

銭湯の富士山も立派なアート!クリスティーズやサザビーズで高値で落札される日も近い!?(illustration by Yusuke Saito)

放送作家・脚本家の小山薫堂が「有意義なお金の使い方」を妄想する連載第13回。20代でワイン好きになったきっかけ、50歳で世界一周したときの仰天な体験……。アートにまつわる記憶を思い返していたら、その価値の在りかが見えてきた。

ボルドーの5大シャトーのなかでも、特にブランド戦略に長けているのがシャトー・ムートン・ロートシルトだと思う。ワイン好きなら誰でも知っている話で恐縮だが、オーナーのフィリップ・ド・ロッチルド男爵は、年ごとのラベルのデザインを、そのときどきの著名な芸術家に依頼するという案を思いついた。それで1946年以降、ラベルには偉大な画家や彫刻家による作品が印刷されている。70年はシャガール、73年はピカソ、75年はアンディ・ウォーホル、88年はキース・ヘリングというように。

じつは20代の僕がワインを好きになったきっかけが、このムートンだった。先輩に「レストランでオーダーするとき、年代じゃなくて画家の名前を言うとカッコいいよ」と言われたのだ(笑)。僕は一生懸命「○○年は誰それ」と暗記し、デートの際に「ムートンのシャガール、あります?」などとソムリエに尋ねた。ワインが出てきて、女の子が「わあ、私のバースデイ・ビンテージじゃない!」と喜んでくれたのは言うまでもない。

こんな事件が起きたこともある。93年のラベルは、バルテュスによる横たわる裸のニンフ。しかし、幼児虐待という意味合いでアメリカのATF(注1)に使用を拒否され、アメリカ輸出用のボトルのみ、デッサン画が削除された。つまり93年は2種類のラベルがあるのだ。コレクターは両方揃えたいので、売れ行きが非常に良かったらしい。まさに、災い転じて福となったわけだ。ちなみにラベルへ作品を提供してくれた作家に対するギャランティは現金ではなく、その年のワインが数ケースプレゼントされるという実(まこと)しやかな噂もある。なんとも粋な話ですね。

注1.Bureau of Alcohol, Tobacco, Firearms and Explosives(アルコール・タバコ・火器および爆発物取締局)のこと。
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イラストレーション=サイトウユウスケ

この記事は 「Forbes JAPAN No.25 2016年8月号(2016/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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