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また、オバマ大統領がPE投資の成功報酬に対する税の優遇措置の打ち切りを示唆すると、シュワルツマンはナチスによる領土侵略になぞらえて反対した。しかし、この優遇措置は、PE投資会社の所得に対する税率を、通常の所得税率より低いキャピタルゲイン税と同率とするもので、恐らく米国の税制の中で最も弁明の余地のない抜け穴と言われる。シュワルツマンは最終的に謝罪に追い込まれた。

米国の大統領選挙ではすべての候補者が例外なくウォール街を批判する。昨今、莫大な富を持つ金融界の帝王となることは「モラルに欠ける」との烙印を押されることに等しい。シュワルツマンは「ある種の象徴やターゲットになってしまう。私がこの業界で働き始めた頃は、地位の高い仕事とされていたのですが」と嘆く。

「何よりも損をするな」

巨万の富は危機的状況で生み出されることが多い。たとえば、1907年の世界恐慌が発生したときには、株価が暴落し銀行の取り付け騒ぎが起きたが、機を見るに敏な銀行家ジョン・ピアポント・モルガンが銀行救済を進めた。セオドア・ルーズベルト大統領はその見返りにモルガンの保有するUSスチールを反トラスト法規制の対象から外す優遇措置を導入した。USスチールは競合相手を次々に買収。圧倒的な独占体制を確立していった。鉄鋼はモルガンの巨大な富を支える中核資産の一つであった。

30年代の大恐慌時には広く知られている通り、J・ポール・ゲティが資金繰りに窮した石油会社を次々に買収し、石油業界で新たな帝国を築き上げ、世界有数の大富豪にのし上がった。

こうした過去の例と同じく、シュワルツマンも危機をバネに資産を増やしてきた。00年にインターネット株が暴落し、アラン・グリーンスパンFRB(米連邦準備理事会)議長が金利を引き下げると株式市場から流出したマネーは株式市場と連動しないリターンを約束する、いわゆる「オルタナティブ投資」に流れた。だが、こうした動きに対するブラックストーンの”備え”は抜かりないものだった。

90年以降、ブラックストーンは、ヘッジファンド・ソリューションズを設立し、ヘッジファンド・マネジャーのジュリアン・ロバートソンにある程度の金額を投資してきた。同社にはブラックストーンのパートナーも自己資金を投じ、99年までにその規模13億ドル以上に拡大した。世の中の”流行”もあり、このファンドに関する顧客からの問い合わせは増加の一途をたどり、シュワルツマンは事業拡大を決め、既存顧客向けに販売を開始。結局、この「オルタナティブ投資」は大流行し、金融界だけでなく、実業界からも資金流入が続いた。さらに、史上最大の詐欺事件「バーナード・マドフ事件」が 起きると、投資家は大型ヘッジファンドの”安全性”を求め、ブラックストーンの預かり資産は269億ドル(07年)から690億ドルまで増加した。ブラックストーンはこうした成功例を踏まえて、ピーター・ミューラーのクオンツ・ファンドであるPDTパートナーズなど、過去数年間に誕生した重要なヘッジファンドの中で中心的パートナーになっている。

そして、ウォール街におけるブラックストーンの地位を揺るぎないものとしたのは、08年の金融危機であった。シュワルツマンは株式を新規公開し、時間に縛られない安定的資本、いわゆる「パーマネント・キャピタル」を強化した。PE投資会社やヘッジファンドは、パーマネント・キャピタルの欠如が常に経営のアキレス腱になる。なぜなら、一般的には7年以内にポジションを清算しファンドを解散して、一つのサイクルを終えることになるからだ。

ブラックストーンは金融危機の発生と株価暴落の直前の07年6月21日に41億ドルの株主資本を調達し、時価総額は336億ドルに達した。この新規公開は当初から人気を博した。中国の政府系ファンドはIPOの直前に30億ドルを非議決権株式に投資することを決めた。シュワルツマンは23%の株式を手元に残しつつ、4.93億ドル相当の株式を売却した。引退を間近に控えた共同設立者のピーターソンは、その時点で保有していた株式の大半を合計19億ドルで売却した。シュワルツマンはこう語る。

「私はかねてからパーマネント・キャピタルを確保したいと考えていました。何か良からぬことが起きるのではないかという気がしてならなかったからです。市場は上限に達しつつあり、”核の冬”に対する備えが必要と判断しました」

ブラックストーンは巨額の資金を得て十分な態勢を整え、さらに、規制当局がゴールドマン・サックスなどの競合相手に対する締め付けを強化したことで、一段と有利な立場に立った。現場の部隊に対するシュワルツマンからの指示は明確であった。

「賢明であれ。創造力を発揮せよ。だが、何よりも損をするな」

13年にはPEセカンダリーファンドを手がけるストラテジック・パートナーズをクレディ・スイスから買収した。クレディ・スイスは規制の強化で、90億ドル前後の運用資産のあるこの事業を売却せざるを得なかった。ブラックストーン傘下に入り、この事業の資産は当時の2倍以上となる190億ドルに増加している。

文=スティーブン・シェーファー

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