彼ら帰国組・ベテラン勢に加え、ここ最近ではインド国内の大学を卒業後すぐに起業するケースも増えている。モディ首相が議長を務めるシンクタンクNITIアアヨグ(NITI Aayog)CEOのアミタブ・カント(Amitabh Kant)は「イノベーティブなアイデアにひたすら取り組む若手起業家と会う機会が非常に増えた」と言い、TXアントレプレナーパートナーズなどでメンターを務めるシヴァ・ラマムーシー(Siva Ramamoorthy)は「ユニコーンの成功が、次世代の起業家の大志や野望を大きく掻き立てています。本当に大きな変化は、若きリスクテイカーが増えたことです」と話す。
その象徴的存在となっているのが、ソフトバンクやセコイア・キャピタルらから総額1億ドルを調達したオヨルームズCEOのリテシュ・アガーワル(Ritesh Agarwal)。現在22歳である。
グーグルのスンダル・ピチャイ、マイクロソフトのサティア・ナデラ、ソフトバンクのニケシュ・アローラら、巨大IT企業のトップがインド人であることも追い風だ。彼らには、インドで生まれ育ち、大学で学位を取得した後にアメリカへ渡り、会社勤めが長かったという共通点がある。二世ではないインド生まれの彼らは、インドでどうするべきかを本質的に理解している。
元々、インドには身分を分けるカースト制度が存在しているが、新産業のIT分野には階級制度が構築されていない。そのため、“各レイヤーの天才たち”がIT分野での成功を目指す。13億人という人口を前提条件とした“天才たち”が勝負できる場として、インドのスタートアップは機能している。
インドソフトウェア・サービス協会(NASSCOM)によると、インドのスタートアップ企業数は4,200社に達した。一方、日本のスタートアップは全体で約1,000社とされているが、日印両国のVCの数は100ほどで大きな違いはない。「競争環境が日本の比ではありません」
日本でネット印刷を手がけ、すでにインド市場にも目を向けているラクスル代表取締役の松本恭攝は、インド人起業家との会話を通じてそう感じたという。
スタートアップ数や資金調達額が右肩上がりで伸びるインドは、すでに世界3番手のエコシステムと評されている。「インドの幅広い出口戦略は世界に類を見ない」と話すのは、トーマツベンチャーサポートでアジア地域を統括する西山直隆。インドで特長的なのが、潤沢な資金を持つ国内スタートアップによる国内スタートアップ買収が増えている点だ。つまり、国内の大企業による買収、海外のスタートアップによる買収、海外の大企業による買収に加えた、第4の流れが醸成されている。スタートアップ大国のイスラエルでさえ、その出口戦略の大半は米IT企業による買収が占めている点から見ても、インドの特異性がわかる。
課題解決ビジネスの宝庫
インド人起業家たちが「インドで起業できたら、世界のどこでもできる」と自嘲したほど、10年前のインドのビジネス環境は難
しいものだった。だが、それも様変わりした。このインド発展の秘訣をひと言でまとめると、“リープフロッグ(新興国が一足飛びで最新技術を導入する現象)”に尽きる。
ネット通信においては、3Gを飛び越えて2Gから4Gへと進化した。デバイスは固定電話からスマートフォンへ一気に切り替わり、決済はクレジットカード普及を経ずにモバイルペイメントを用いるようになった。
「インドは世界初のモバイルファースト国家といえます。主要国のEC化比率(全小売りに占めるオンラインの割合)は、米国
6.4%、中国12.4%、日本4.7%、インドは5.3%という状況です。中国やインドのeコマースは、米国や日本とは全く異なる発展
を遂げているのです」(蛯原)
それでも、インドでは一社による圧倒的支配がまだ存在していない。220億ドルとされるeコマース市場におけるシェアは、フリップカート44%、スナップディール32%、アマゾン16%という状況だ。アマゾンは14年、インドへ20億ドルの投資を行っており、これまでに4万5,000人を雇用している。16年6月には、アマゾンCEOジェフ・ベゾスが30億ドルの追加投資を明らかにした。それでもインドにおいては、アマゾンは“王者”ではなく“挑戦者”にすぎないのだ。
20年までにインドのeコマース市場は今の6倍に当たる1,370億ドルへ拡大すると試算される。eコマースは最たる例だが、一
社で独占できるほどインド市場13億人はシンプルではない。一つの領域で、複数のユニコーンが成り立つポテンシャルさえ秘めて
いる。
「昨今のインド人起業家は、この恵まれた市場環境においても、そこに安住していない。国内特有の問題解決を進めると同時に、早い段階からグローバル市場を見据えているのが特徴的だ」とデリヒブリーCEOのバルアは話す。